美大生ドーナル×シングルファーザーアダムの冒頭

ゴッホは生きてるうちに絵が売れずに、孤独に死んでいった。

「かわいそうに・・・」
ドーナルはゴッホの画集を眺めながら呟いた。部屋の床には描きかけクロッキーが散乱している。あと一ヶ月したら部屋を出ていかなければならない。このアパートメントは取り壊される。そしてドーナルの貯金はない。
あう。と呻いてドーナルは椅子から立ち上がった。ドーナルは美術の専門学校の生徒だ。田舎から出てきて二年になる。あまり裕福ではない実家だったから頼ることもできない。生活のためにいくつもバイトをかけもちして生活をしている。
だがアルバイトが多すぎると、絵が描けない。
何度も学校を退学しようと思った。絵も描くのをやめようと思った。
だが、どうしてもやめれなかった。絵を描けば救われた。評価もされず、誰にも見向きされなくてもドーナルは絵を描き続けた。言葉を交わす友達は学校にいたけど、心を許すことはなく、恋人もいなかった。
食パンをかじる。あと三枚。今日は物流センターの倉庫のバイトを六時間。あと二時間ぐらいで出勤だ。ちらりとドーナルは部屋の真ん中に置いてあるキャンバスを見る。
「何描こうかな・・・」
二ヶ月後に、学校が主催するギャラリー兼カフェでの個展が開催される。ドーナルもエントリーしていた。テーマは「愛」だった。愛をテーマに作品を描く。
「愛って、何だろ」
食パンを食べたドーナルは、冷蔵庫から牛乳を取り出して飲んだ。牛乳ももうない。冷蔵庫は空っぽだった。
「何にもない・・・」
ドーナルは虚ろに呟いた。

学校に登校して、ドーナルはふらりと事務室の掲示板を見た。もっと勤務時間が短いアルバイトが紹介されてないかと見てみる。
「ないなぁ」
ドーナルはため息をついた。ふと、隅のほうを見てみる。

「住み込みでベビーシッターができる片を募集しています。
報酬・要相談(ちなみに三食付き)男女・経験問いません。お気軽に連絡ください」
アダム・ドライバー

きれいな文字だった。ドーナルは何も考えずに記載されていた番号に電話をかけた。電話の向こうの、アダム・ドライバーという男は落ち着いた声で穏やかな印象だった。都合が良かったので二時間後に近くのスター・バックスで会うことになった。