天使と僕の美しき日々・3
「おい・・・ヤバイぞ」
ジョゼフの言葉に、マットは笑った。
「お前、毎日ヤバイって言ってるからなぁ・・・」
「いいから来いって」
ジョゼフはマットの腕を掴んで、客席に視線をやった。 ここはジョゼフとマットが勤めるカフェだ。客席はカウンターに五席。窓際に十席という小さなカフェだ。今は五人の客がくつろいでいる。平日の十一時過ぎで客は少ない。 ジョゼフとマットはこのカフェがオープンした頃から働いている。 今オーダーを取っているのは、もう一人同僚のボマーだった。 ジョゼフが「ヤバイ」と言った客席には、黒いコートを着た男女が二人座っていた。男は顔が見えないが大柄で、肩に届くくらいの髪の毛だった。女は金髪のベリーショート。顔が小さく、手足が長い。出で立ちから、二人はモデル業に携わっているのかもしれない。それだけではなく、二人がそこに座っているだけで雰囲気が違った。厳かで、そこだけ時間が止まっている様に見えた。二人の姿はまるで、絵画のように完璧だった。オーダーを受けているボマーの白いシャツが、朝の日差しを受けて眩しく輝いていた。戻ってきたボマーは、ため息をついた。
「エスプレッソ二つと、レモンケーキと、シナモンドーナッツだ」
緊張した。とボマーは胸を撫で下ろした。
「なんかヤバイよな?あの二人」
ボマーはカップ用意しながら、ジョゼフとマットに言った。
「二人とも、すごくきれいだった」
「へぇ。じゃあ俺がオーダー持っていくね」
「おい!やめておけ!命を取られるぞ」
ジョゼフの忠告を無視して、マットはトレーに注文の品をのせた。そして例の二人がいる客席に近付いて行った。
「いいところね」
ティルダは満足げに笑った。アダムも笑った。人間に見える姿になった二人は、窓際の席に通された。 アダムは毎日ここに来ていた。男四人で経営している街角の小さなカフェ。アダムはその中の一人の男がずっと気になって、観察をしていた。
「お待たせしました」
ティルダとアダムは、オーダーを持ってきた店員を見た。 チェックのネルシャツに、ジーンズ姿の店員だった。短髪で、朗らかな笑顔を浮かべていた。
チャニング・マシュー・テイタム。
アダムは彼の名前を知っていた。何故なら彼がアダムの気になる人間だからだ。アダムはぼんやりとマシュー・・・マットの顔を見上げた。マットはケーキの皿を手にした。
「レモンケーキのお客様は」
ティルダは笑顔を浮かべて手をあげた。マットは微笑んでティルダにケーキを渡した。
「ありがとう」
「シナモンドーナッツはお客様ですね」
相変わらずアダムはぽかんとマットの顔を見ている。マットはアダムの顔を見た。
「・・・すみません。どこかで会いましたか?」
「あ・・・いえ・・・」
マットは、はっ。と我に返った。すみません。と恥ずかしそうに頭をかいた。
「ごめんなさい。変なことを言って」
ごゆっくりどうぞ。とマットは戻って行った。
「あら。美味しいわ。このレモンケーキ。アダムも食べてごらんなさい」
天使は人間の前に姿を現すと、食べ物食べることができて、味も分かるようになる。フォークに刺さったレモンケーキをティルダはアダムの口元に持ってきた。アダムはそれを食べた。うん。とアダムは噛み締めて頷いた。
「美味しい」
「ね。いい味ね」
「シナモンドーナッツ、食べる?」
「いただくわ」
アダムは笑って、フォークでドーナッツを切り分けた。
「同じ服着てた」
戻ったマットは、ジョゼフとボマーに報告した。だよな!とボマーは興奮ぎみにマットの肩に手を置いた。
「二人とも黒のタートルネックに、スラックスに・・・」
「靴も同じだった」
「二人して付き合ってんのかな。モデルとか・・・」
ジョゼフは二人の客席を見つめる。マットは男の顔を思い出していた。 あの、優しい目。穏やかな佇まい。ずっと前から彼を知っているような感覚・・・
「絶対会ったことある」
席を立ち、会計をしている二人を見ていたマットは、ぽつりと呟いた。
店の外に出ると、マットが追いかけてきて、すいません!と声をかけてきた。ティルダとアダムは振り向いた。 マットは、息を飲んで自分の胸に手を置いた。
「俺は、チャニング・マシュー・テイタムです。あなたの名前を教えてください」
「・・・アダム」
マットは、はは。と声をあげて笑った。
「ありがとう!アダム。また来てください」
「はい・・・」
マットは手を振って店に戻って行った。ふと、ティルダを見ると優しく微笑んでいた。ティルダは何も言わなかった。でも、アダムの中で何が起こっているのか分かっていた。
「困惑してるわね」
うん。とアダムは頷いた。
「その感情にまかせるといいわ」
二人は、もう何も言わなかった。次の瞬間二人の姿は街角から消えていた。天使に戻ったのだ。
マットは店の中から二人がいた街角を見た。二人はもういなくなっていた。
「あれ・・・」
まるで最初からいなかったようだ。マットはアダムを思い出していた。
また会いたい。
レジに立っていた、店長のマシューが戻ってきた。
「さっきの二人、なんかすごく神聖だったね」
マットは笑った。
「また来てくれるそうですよ」