December・6

座り心地の悪いピックアップトラックの助手席で、ドーナルはさらに居心地の悪い思いをしていた。運転しているアダムの横顔をちらりと見た。不機嫌そうだ。けれどもハンドルを握るその指はぱたぱたと落ち着きなく動いている。ここから家は五分ぐらいだと言われて、アダムのトラックの荷台に死体を乗せて走っていた。 背は自分と同じぐらいだが、胸板が厚く、二の腕が太い。ジーンズの太股も太く、肉体労働者だとすぐに分かる。あとはこの無愛想な態度。田舎特有の部外者に対する態度だと思った。ドーナルは自分の太股を見る。車にあったタオルできつく止血をしているがうっすら血が滲んでいる。くそっ。と悪態をつくと、アダムが言った。

「死にはしねぇよ。そんな刺し傷で」

「黙れ」

ドーナルが遮るように言うと、アダムは、はは。と楽しそうに笑った。ドーナルは不思議な気持ちになる。エリとまったくちがう容姿なのに、なぜか鮮明にエリを思い出すのだ。 アンの死体を見ても顔色ひとつ変えず、まるでカバンを持ち上げるかのようにひょい。と担ぎ上げたアダム。 ・・・本当に慣れている。 ドーナルはここで初めて少しの恐怖を感じた。まったく気付かないうちに太股に隠し持っていたナイフを突き刺すこの男。多分、いや。ドーナルより殺している。もし自分が何かしようとしたら、殺そうとしてくるに違いない・・・

「着いたぞ」

アダムの言葉に、ドーナルは、はっ。と我に返った。アダムはハンドルに自分の体を預けて、じっとこちらを見ている。車内の薄暗い灯りの中、アダムは瞬きをせずにこちらを見ていた。

「な、なんだ・・・」

「何歳だ?」

アダムはわくわくした様子で聞いてきた。ドーナルは拍子抜けして答えた。

「は?え、ええと、三十四」

「年上なんだ」

「君は」

「多分二十九」

「多分って・・・」

「戸籍がないからよく分からないんだ」

アダムは急におもちゃに興味をなくした子供のように、つまらなそうな顔をしてトラックを降りた。ドーナルもそれに続いて慌てて降りた。 アダムの家は古びた一軒家だった。辺りは何もなく、真っ暗な闇だけがあった。隣家まで車で三十分ぐらいかかるな。とドーナルは思った。ふと、鼻をつく養豚場の匂い。アダムはアンの死体を担いで笑った。

「臭いからってゲロしないでくれよ」

「しない」

ドーナルは見透かされて、慌てて否定した。 ドーナルはリビングに通された。古びたソファーで一瞬座るのを躊躇うぐらいだったが、座った。アダムはアンの死体を担いだままバスルームのほうに行ってしまった。ドーナルは部屋を見回す。薄暗い照明。テレビもない。本当に今の時代に生きている人間だろうか。と不安になるぐらい、この家は時が止まっていた。ふと、壁に写真が飾ってあるのを見つけた。ドーナルは不思議に思って立ち上がり、その写真に近付いた。ワンピースを着た痩せた女の写真だった。随分古い。

「母さんだよ」

突然後ろから声をかけられて、ドーナルは飛び上がって驚いた。アダムはドーナルの胸ポケットを指差した。

「多分ドーナルの携帯、圏外だと思うんだよな。見てみて。あと、なんかよくわかんねぇけど、わ、わぃ・・・なんたらもあるわけないし」

「あぁ。Wi-Fiか?」

「そう。それ。それがあったほうがいいんだろ」

アダムはドーナルを指差して頷いた。確かにアダムの言う通りだ。ドーナルの携帯はまったく使えない。アダムは、やっぱり。と頷いた。

「じゃあ、俺の家の電話使って車屋に電話するよ。遅くまでやってるから。ああ。車の備品に保険はかけてる?」

「あ、ああ・・カーナビには」

「そうか。盗みをするようなやつらじゃないけど、車の中のもの盗まれたら諦めてくれよ」

「ああ・・・覚悟する」

アダムが電話している間、ドーナルは壁のアダムの母親の写真を見つめていた。

「レッカーして、明日見てくれるって。車屋のやつが、ドーナルのセダンの鍵を取りにうちに来るから」

「あぁ・・・ありがとう」

「足、一応見てやるよ。ジーンズ脱いで」

「ああ・・・」

ドーナルは言われた通り、ジーンズを脱いでソファーに座った。痛むものの、そんなに血も出なくなっている。ふん。とアダムはため息ついた。

「思い切り刺したつもりだけど、そんなんでもなかったな。ほら。消毒薬と包帯。自分でやれ」

ドーナルはそれを受け取った。ふと急におもしろくなって笑った。何だよ。とアダムは訝しがった。

「いや・・・すげぇ一日だと思ってさ。初めて会った男に足刺されて、パンツ晒してるのおかしすぎる」

くすくす笑うドーナルに、アダムも笑った。なんかさ。とアダムは言葉続けた。

「ドーナル、俺より若いと思ってた」

「よく言われる。童顔なんだよな」

「ドーナル、バスルームにいる女で何人目だ?」

ぴた。とドーナルは手当ての手を止めて、一瞬言葉を飲んだ。アダムの顔を見ると、期待に胸を膨らませた顔をしていた。まるでサンタを信じている子供みたいな目だ。あー。とドーナルは考えるふりをした。

「今年で五人かな。去年初めて殺したから・・・」

「へぇ」

「アダムは」

アダムは得意気に笑った。

「十歳からだからいっぱいだよ」

「いっぱい・・・」

アダムはドーナルの前に座って、前のめりになって話を始めた。

「女って食ったことないだろ?女は胸と尻と太股が旨いんだ。生でも食える。あまったのは荒野に捨てたり、豚に食わせる。豚は何でも食うからな。ドーナルの女は痩せてるけど、太股が旨そうだ。明日解体するけど見るか?」

ドーナルは息を飲んだ。まただ。エリが目の前に座っている。幼い頃のエリ。まだ男を知らないエリ。瞬きをするとそこにはアダムがいた。

「いや・・・いい」

アダムは、そうか。とつまらなそうな顔をしてソファーの背もたれによりかかった。その時、玄関の呼び鈴が鳴った。はっ。とアダムはドーナルの顔を見た。

「ドーナルの車のこと、なんて説明すればいいかな」

「俺のこと?友達とでも言えよ。訪ねてきた途中にバッテリーがあがったって」

「友達・・・」

「ほら。鍵。頼むよ」

アダムは、嬉しそうに、うん。と頷くとドーナルから車の鍵を受けとって、玄関に向かった。

「何だよ・・・あいつ・・・」

ドーナルはジーンズをあげながらぶつぶつ呟いた。恐怖を感じながらも、ドーナルは笑っていた。