Dementia・11

アダムの日記から

ドーナルの頬に穴が開いた三日後に、ドーナルは完全にゾンビになった。
ドーナルはゾンビになっても優しかった。買い物から帰ると(ちなみにスーパーの商品もだんだん少なくなってきている)、古い海外ドラマをドーナルは見ていた。変な風に頭を傾けていてテレビを見ている。僕は異変を感じた。いつもおかえりって言ってくれるのに。
ふと、床を見て僕は息を飲んだ。血だ。何か引きずった跡がある。ああ。クソ。ムースは異変を感じて、クゥン。と不安げに鳴いた。ドーナルの左の耳から、血が流れている。僕の心臓はどくどくと打ち付けていた。僕は息を飲んで、掠れた声で聞いた。
「ドーナル」
ぴく。とドーナルは振り向いた。ぎこちない動きで。
その瞬間は思った以上にそんなにショックではなかった。来る時が来たな。という感じ。
ワン。とムースが鳴いた。
口や鼻、目から血を流してこちらを振り向き、あぁ、うう。とか呻きながらソファーから立ち上がるドーナル。右頬の穴はかなり大きくなっている。半開きの口から舌が出ていた。右目はもうなかった。僕は後ずさった。逃げるな。彼に食われろ。ムースは犬だから食べられないだろう。
ドーナルは映画でよく見るゾンビみたいに、両腕を前に伸ばして僕に近付いてくる。鼻をつく血の匂い。僕はぎゅっと目を閉じた。
こんなことがあっていいのか。でも今こうやって日記を書いているから僕は生きているし、ムースも生きているし、ドーナルは相変わらずテレビを見ている。
ドーナルは僕を食べなかった。頬にキスしてくれた。拍子抜けした僕を尻目に、買ってきた買い物の食料品を漁っている。ハムを見つけると、袋ごと噛み付いて食べようとしたから、僕はそれを取り上げた。悲しげな顔をするドーナル。かわいい。
「剥いてあげる。ビニールは食べれないから」
はい。と剥いてあげると、ドーナルはうがうがと呻きながらハムを全部食べてしまった。よたよたと僕に近付いて、ぎこちないキスを僕の頬にすると、またソファーに座ってテレビを見始めた。
しばらく僕は呆然としていたが、声をあげて泣いてしまった。ドーナルに抱きつきながらしばらく泣いた。ドーナルは、うぅ、ああ。と呻いて僕を抱きしめてくれた。頭のてっぺんにキスしてくれた。しばらく泣いて、やっと顔をあげた。
ドーナルがずっと首を左に傾けていたのは、右の首の皮膚も剥がれて、首の筋肉が丸見えだからだ。僕はドーナルの頭をまっすぐに支えてやった。手を離すと、また左に傾いた。僕は笑ってしまった。
「あ、だう」
「えっ?君、僕の名前呼べるんだ。すごい。ありがとう。嬉しい」
ドーナルは、こくん。と頷いて、顔を引きつらせた。笑ってるんだ。笑ってる!僕は嬉しくて唇にキスをした。何故か乾燥した土の匂いがした。死臭ってやつかな。とってもいい匂いだ!
僕はドーナルの血液やら体液で顔や服がべたべたになったけど、ドーナルの肩に頭をのせてテレビを見た。ドーナルは、関節をぎしぎし言わせて僕の肩に腕を回した。
「腕取れない?大丈夫?」
「だ、あ、じょ、う」
僕の問いにも答えてくれる!僕は幸せすぎて涙が出てきた。
これからもずっと一緒にいられる。