Dementia・9

ドーナルの日記から

ふと、逆の立場だったらどうなのかな?と思う。アダムが噛まれて、ゾンビになってしまうのだったら・・・
俺はアダムを殺してしまうだろう。そして俺も自殺してしまうだろう。だがアダムはそうしない。最後まで俺といてくれると言った。
あの女に噛まれた傷は、俺が予想した通り、ぐじゃぐじゃと膿んできた。指で触ると、粘液が指につく。グロい。俺は自分の傷口をぐいじりながら呻いた。死んでいるからまったく痛くもない。自分でガーゼを変えて、包帯も変えた。この傷口を見ても、アダムは同じ事を言ってくれるだろうか。
その時は突然やってくる。朝、寝ているアダムの背中を見ながら、何気なく自分の右頬を指先でかいた。するとその指が頬を突き破った。俺は悲鳴をあげそうになる。だが押し殺して、バスルームに向かった。鏡の前に立つ。間違いなく指は右頬を突き破っていた。俺は息を飲んで指を引き抜いた。
「うわっ・・・」
指先でひっかいた通り、頬は抉れていた。血はあんまり出ていない。歯が見えている。ぱか。と口を開けると、顎の筋肉の繊維が見えた。すごい。人間の体ってこうなってるんだ。
「うわっ・・・うわわ・・・」
俺が一人で呻いていると、ドーナル?と後ろから声をかけられた。俺とっさにタオルを頭からかぶって、顎の下で結んだ。
「お、おはよう。アダム」
アダムは怪訝そうな顔をして俺を見ている。
「ムースにご飯やらなきゃ」
俺はアダムの隣をすり抜けようとした。待って。とアダムは俺の腕を掴んでくる。
「ドーナル。どうしたんだ」
だよな。そうだよ。俺はため息をつく。アダムは不安そうに俺を見ている。筋肉の繊維にタオルが当たって、血が染みている。血が出てる。とアダムは子供のように呟いた。俺はタオルを恥ずした。うっ。とアダムが呻いた。
「顔に穴が開いてしまった」
俺はアダムの顔を見た。アダムは笑っていた。笑っている。嘘だろ。
ファイトクラブエドワード・ノートンみたいじゃん。かっこいいよ」
俺はアダムの手を見た。小刻みに震えている。ああ。アダムは俺がいないところで泣くのだろうな。アダムは手を隠すと、俺の頬を覗き込んでくる。
「大丈夫だよ。ここがなくても喋れるし。かっこいいままだ。僕の大好きなドーナルのままだ」
腕の包帯にも、膿んだ汁が滲んでいる。アダムはそれを見ていて気付かないふりをしている。
アダムは俺が思っている以上に強い。強く、優しい。俺は涙が出てくる。無言でアダムに抱きついた。アダムは俺の背中を撫でて、笑っている。
「怖がらないでよ。ずっと一緒だから」
俺は頷くので精一杯だった。

(この頃からドーナルの日記には、綴りの間違いや、判読不能の文字が見える)