TITANIUM・6

二人が辿りついたのは、田舎の小さな街だった。車を降りながらマットは言った。
「こういうところは、余所者を排除するか、受け入れるかどちらかなんだけど、こっちが素直な気持ちで教えを乞う姿勢を見せれば大丈夫だ」
「分かった」
「アダムは素直だし、大丈夫。そして何よりここは少し、寒い。君の故郷みたいだろ」
アダムは笑った。家を借りる手続きを役場で済ませて(持ち主が亡くなっていたので、街で管理している土地と家だった)二人で中に入った。
一年以上放ってかれた家は埃臭く、天気も良かったので二人はまず掃除を始めた。
アダムが玄関の掃除をしていると、視線を感じたので顔をあげた。そこには三つ編みの六歳ぐらいの女の子が自転車に跨ったまま立っていた。
「こんにちは」
アダムが挨拶すると、女の子は、にこ。と笑った。子供と触れ合うのも初めてだな。とアダムは思うと少し緊張した。女の子は歯の矯正器具をつけていた。
「ここに住むの?」
「そうだよ」
「ここ、前におじいちゃんとおばあちゃんが住んでたけど、死んじゃったから空き家になってたの」
「そうみたいだね」
「お兄さん一人だけ?」
「いや。もう一人といる」
「そっかぁ・・・」
女の子はもじもじとしている。アダムはマットの言葉を思い出して言った。
「君の家はどのへん?」
女の子は道の向こうを指さした。
「あっちの雑貨屋さんなの」
「へぇ。ちょうど良かった。後から買いに行くね」
女の子の顔が明るくなる。待ってるね。と嬉しそうに笑った。
「お兄さんの名前は?私はリリーよ」
「リリー。僕はアダムだ。よろしく」
アダム、またね!とリリーは元気よく自転車に乗って行ってしまった。アダム?とマットがやって来た。
「どうした?何かあったか?」
アダムは笑った。
「さっそく友達ができた。初めての友達だ」

昼過ぎにアダムとマットはリリーの雑貨屋に行った。リリーは店先の椅子に座って本を読んでいた。アダムに気付くと、嬉しそうに椅子から降りた。
「アダム!」
「やぁリリー。買い物に来たよ」
ふと、後ろのマットにリリーは気付いた。マットが手をあげるとリリーは笑った。アダムの手をリリーは握った。アダムはその手の暖かさに、はっ。と息を飲んだ。
生命を感じた。
「アダム。誰?私に紹介して」
「彼はマット。ええと」
「アダムのパートナーだ。よろしくリリー」
マットは笑うと、リリーの頭を軽く撫でて店の中に入って行った。パートナー。と言い切ったマットに、赤面してしまう。中では中年の男と朗らかに何か話しているマット。リリーはアダムを見上げた。
「かっこいいね」
「・・・うん。お店の中にいるのはリリーのパパかな」
「そうだよ。パパもかっこいいでしょ」
「うん。かっこいい。リリーのママは?」
「去年、癌で死んじゃった」
リリーは俯いて答えた。ごめん。とアダムは屈んでリリーと同じ目線になった。
「軽率に聞いてしまったね。許してくれ」
「大丈夫」
笑うリリーに、アダムはほっとした。僕も。とアダムは言った。
「ママはいないんだ。ずうっと昔に死んだ」
「そうなんだ」
二人はそれ以上特に何も話さなかった。手を繋いだまま空を見上げた。アダムは初めて味わう幸福を噛みしめて、青い空を見上げた。ふと、壁に貼ってある張り紙に気付いた。
『急募。レジ打ち』
リリーはアダムが張り紙を見ていることに気付いた。
「アダム。うちで働く?パパ、他にもすることいっぱいあるから忙しいのよ」
「ああ・・・」
アダムは中で買い物をしているマットを見て言った。
「マットに聞いてみる」

「雑貨屋で働く?昼間行ったところの?」
驚くマットの言葉にアダムは頷いた。
「うん。ニ、三時間だけだし、もらえる給料は微々たるものだけど・・・」
「君は、あの女の子と打ち解けているみたいだからいいけど、何で急に」
「マットといたいから」
俯くアダムに、マットは愛しい気持ちになる。彼はずっと捕われていたから、初めての世界に勇気を出して飛び込もうとしているのだ。自分といるために・・・
マットは、テーブルの上に置かれていたアダムの手の上に自分の手を重ねた。アダムは顔をあげる。
「ありがとう。いいよ。明日言ってきて。働きたいって」
「うん」
アダムは、俯いたまま笑みをこぼした。