TITANIUM・4

「上司」はマットを見た。三歳の頃から育ててくれた「上司」。名前は知らない。「上司」はずっと「上司」であり、父親ではなかった。「上司」にとってマットとジョゼフは息子ではなかった。
「私の財源を奪おうとするのか」
「そうです」
「マット。お前は才能のある男だ。何もかも私の望み通りに育ってくれた。ジョゼフは少し扱いにくかったが、お前は、私の最高の部下だ。だがもう、私の部下ではない」
「上司」は笑っていた。マットは上司に銃口を既に向けていた。マットは才能に溢れた殺人マシーンだった。だから自分を育ててくれた「上司」を殺すことなど、たやすいことだったし、誰にも気付かれることなく「上司」を超えることなど簡単だった。自分を超えた部下に銃口を向けられている今、「上司」にできることは何もなかった。
「マット。遠くへ行け。『鉱物の人種』は富と同時に厄災をもたらすぞ」
「そうします。俺がアダムを守る。あなたのいう厄災からも」
マットは引き金を引いた。銃声は誰にも聞こえることはなかった。

電話で呼び出されたジョゼフは、「上司」の射殺死体を呆然と見ていた。
「初めての殺しを覚えているか?」
「え?」
「お互い十歳だった。逃げ道を使ったのに、塞がれてた。『上司』はいつだって俺達を殺そうとしていた」
「ああ・・・マット。どうして『上司』を殺したんだ?」
「初めて会った瞬間から、俺はアダムを愛してしまった。彼を守って生きていく。だからお前も、リサと生きていくといい」
はっ。とジョゼフは息を飲んだ。マットは笑った。
「俺が気付かないと思ったか?」
ふ。とジョゼフは笑った。顔が赤い。リサはストリップクラブのダンサーだった。マットは、ジョゼフとリサが路地裏で抱き合っているところを見た。切なげなリサの横顔。リサの金髪に顔を埋めるジョゼフの目は優しく、そして悲しげだった。リサはジョゼフの正体を何となく感じ取っていて、一緒になれないことはわかっていたし、ジョゼフも「上司」の配下にいる限りリサと一緒になれないことは分かっていた。
「遠くへ。遠くへ行くんだ。俺の弟。ずっとお前を愛している」
マットはジョゼフを抱きしめて、背中を叩いた。愛をこめて頬にキスをした。ジョゼフは昔から泣き虫だった。訓練がつらくて泣いたし、「上司」に何か言われる度に泣いていた。
「ありがとう。マット」
このときも、愛する兄との永遠の別れと、リサとの明るい未来を想像して泣いていた。

扉が開く音に、アダムは振り向いた。帰ってきたマットの雰囲気に、息を飲む。
(初めて会った時と同じ・・・・)
マットは誰かを殺してきた。その眼光は鋭く、アダムは恐さを覚えた。マットは立ち尽くすアダムの前に立つと、腕を掴んで引き寄せた。強く抱きしめた。
「あ」
アダムは声をあげた。マットはアダムの髪の毛を撫で、背中を撫でた。
「初めて会った時から、あなたが好きです」
耳元で囁かれ、アダムの背中が震える。顔が赤くなる。耳元まで赤くなっているのが自分でも分かった。跳ね除けることなどできない。生きてきて初めてのことだった。
「ずっと、ずっとつらい思いをしてきたあなたを、俺は守りたい。もう誰にもあなたを傷つけさせない。お願いだ。どうか」
マットは、アダムの髪の毛を撫でて、切なげに呟いた。
「俺の生きる意味になって欲しい。愛させてくれ」
アダムは、目を閉じた。十年前に死んだ母親を思い出す。母の遺体はアダムの目の前で解体された。死んだ瞬間から高額な鉱物になる遺体に、笑いながら群がる男たち。

(ママはね、あなたを愛しているから幸せなのよ。あなたも大人になれば、愛する人に逢えるからね)

「髪の毛、切りたい」
「え?」
アダムは、マットから体を離すと言った。
「あいつらの趣味で髪の毛伸ばしていたけど、もういいんだろ」
アダムは、マットの腕を掴んだ。
「・・・もう、俺はマットだけのものだから」
マットは笑った。アダムを再び抱きしめてキスをした。

新しい日々が、ゆっくりと動き出した。