TITANIUM・2

「上司」はアダムが男であることに特に驚くこともなく、戻る前に携帯電話で報告をしたときも普段通りだった。
「よくいらっしゃいました。くつろいでください」
「上司」は手を差し伸べて握手を求めた。アダムはその手を見つめるだけだった。「上司」は肩をすくめた。マットの耳元で囁く。
「マット。しばらくお前が面倒を見てくれ。よい部屋を準備する」
「・・・分かりました」
マットとジョゼフの住んでいる場所は、「上司」の邸宅から車で五分ぐらいだ。一人で住むには広すぎるぐらいのペントハウスだから、アダムが一人増えるぐらいどうということはない。夜は過ぎて、明けようとしていた。「上司」の邸宅を三人で出た。ジョゼフは疲れた様子で首をぐるりと回した。
車に乗り込み、最初はマットの部屋に戻ることにした。後部座席に座って、窓の外を見ているアダムの横顔をルームミラーで見る。マットは前を向いたまま聞いた。
「大丈夫ですか?」
アダムはこくりと頷くだけだった。
「何かあったら、すぐに連絡くれよ」
ジョゼフの言葉に、アダムは頷いた。ジョゼフの運転する車を見送ると、アダムとマットは部屋に向かった。
エレベーターに乗り込む。後ろのアダムがぽつりと呟いた。
「大丈夫か。なんて初めて言われた」
「えっ?」
アダムは左手の平を見せた。ナイフで傷つけた箇所はうっすらとふさがっていた。治りが早い。鉱物の人種の特性なのだろうか。
「治りが早いだろう。鉱物だからだよ。新しい麻薬がすぐに作れるようにな」
最上階に着いた。エレベーターを降りながらアダムは言った。
「大丈夫か。なんて一度も言われたことなかった。僕を傷つけるやつらは、いつも脈を取って生存確認するだけだから」
「・・・こちらです」
マットはアダムを部屋に促した。いい部屋だ。とアダムは笑った。
「シャワーを浴びますか」
「そうだな」
「準備します」
アダムがシャワーを浴びている間、マットは自分のベッドを直した。シーツを新しい物にして、皺一つなく伸ばした。タオルケットも新しい物にした。アダムの肌が触れる物は全て新しくした。
「休んでください」
シャワーを浴びて戻ってきたアダムに、マットは言った。アダムは頷くと羽織っていたバスローブを脱いだ。臆せずに裸をさらすアダムに物悲しい気持ちになる。アダムのバスローブを受け取る。アダムはベッドに潜り込んだ。ふぅ。とため息をつく。長い髪の毛の間から、目を覗かせてマットを見た。
「大事にしてくれるんだな。僕は商品だからな・・・」
アダムはマットに背を向けて、眠りに落ちた。マットはベッドの端に座って、アダムの黒い髪の毛を見た。きれいで、艶のある髪の毛だ。死んだらこれも鉱物となるぐらいだから。とても高く取り引きされるのだろう。
マットはアダムの黒い髪の毛に触れた。アダムは気付かない。すぐに髪の毛を離すと、窓の外を見た。アダムが目を覚まさないように、窓のブラインドを下ろすように立ち上がった。
ブラインドを下ろして、少し暗くなった部屋。白いベッドに眠る鉱物の男・・・
マットは、自分の中に湧き上がる感情に名前をつけようとしたが、できなかった。それは生まれて初めての感情だった。