world's end girlfriend・1
世界はゆっくりと終わりに近づいている。
( ヴィム・ベンダースの映画みたいだ)
俺はそんなことを思う。彼の撮る映画は何本か観たことがある。俺は頭が悪いので彼が映画を通じて伝えたいメッセージがよくわからないまま映画は終わる。でも彼の映画は好きなのだ。登場人物たちはいつも寂しげな目をしている。そして優しい言葉を使う。空の色は柔らかな青空や、切なくなるような夕暮れ。静かに物語は進み、そして終わる。
( 今の世界も、そうやって終わりに近づいているんだ。彼の映画みたいに)
新聞屋の前を通る。俺は新聞を一部買う。一面を飾っている大きな記事。
「 地球上の人間の人口は半分に減少ハーフゾンビが七割を占め、ゾンビが三割に」
「 俺の孫はゾンビのクォーターさ」
新聞屋の気の良さそうな親父が気さくに声をかけてきた。へぇ。と俺は笑った。
「 珍しいな」
「 俺の娘が三年前にハーフゾンビの男と結婚したんだ。孫は去年産まれたんだ。娘に言わせるとゾンビのクォーターは今けっこう増えているらしい」
「 かわいいか?」
俺の言葉に親父は頷いた。
「 ああ。かわいい。俺を見ると声をあげて笑ってくれる。心臓は動いてないけどな。そこだけ父親似だ」
親父は朗らかに言った。俺は新聞屋を離れた。夕焼けがきれいだな。と思った。風にのってどこかの家から夕飯の香りが漂ってくる。ミートローフの匂いだ。 それとともに、漂ってくる血の臭い。すごい。と思う。ゾンビ地区から五十キロは離れているのに。
( まぁ、養豚場の臭いも離れていてもするからな)
俺はアダムの待つ家に向かう。世界は終わりに近づいている。誰もそれを止めることはできない。
エンドロールは、いつになるだろうか。
途中で俺は花屋に寄る。
「 あら。マット。いらっしゃい」
すっかり顔馴染みになった花屋の奥さんは気さくに声をかけてくる。一週間に一、二回はここを訪れる俺はすっかり顔を覚えられた。俺は手をあげて挨拶した。
「 ハイ」
「 アダムのところに行くのね。今日は何にする?」
「 うーん。こないだはなんだっけ?」
「 ピンクのガーベラだったわ」
そうだった。と俺は笑った。
「 喜んでいたから、またそれにするよ」
「 何本?」
「 三本」
奥さんは念入りに花を選んでくれた。そしてラッピングしながらいつもの言葉を言ってきた。
「 ほんとに変わってるわよね。花しか食べれないなんて。変わったハーフゾンビさんなのね。アダムは」
「 そうだね。俺を食べないでくれて良かった」
「 そうね」
ありがとう。と俺は奥さんに言って店を出た。こんな時代でも花屋があるのがありがたい。俺は手の中のガーベラの花束を見て思った。
「 アダムー。来たぞー」 合鍵を使ってアダムのアパートメントの部屋に入った。ガタッ。という音とともに何かを盛大に落とす音がした。俺は苦笑いを浮かべた。たぶん虫を食べてたんだ。一度だけ俺がその現場を見て、俺が絶叫してしまって以来アダムは気を使って、俺に隠れて虫を食べるようになった。たぶん今のはミルワームが入ったボウルを落としてしまったんだと思う。
「 マット・・・・いらっしゃい」
「 やぁ」
奥から慌てて出てきたアダム。俺は笑いそうになってしまう。アダムはスエットシャツにジーンズという出で立ちで、いつもと同じだった。口元を必死に拭っている。俺は笑ってアダムを引きよせた。
「 ほら。愛する君にだ」
俺はガーベラの花束をアダムにやった。アダムはそれを嬉しそうに受けとった。
「 ありがとう。きれいだし、おいしそうだね」
「 食べていいよ」
「 花瓶に飾ってから食べるよ」
俺はアダムを抱き締めた。服を通してわかる冷たい体。アダムも俺を抱き締める。アダムは俺の耳元で囁く。
「 マット。愛してる」
「 俺も愛してるよ」
俺はアダムの唇にキスした。アダムの唇は冷たい。もう二度とアダムの体は暖かくならない。鼓動も聞こえない。 唇を離すと、俺たちは額と鼻先をくっつけて笑った。
アダムがハーフゾンビになってから三年が過ぎようとしていた。