天使と僕の美しき日々・7
マットはその日休みだった。オスカーに、だったらうちでアダムと夕飯を食べないか?と誘われた。その誘いが嬉しかった。ありがとう。とマットはその誘いを心よく受けた。
(アダムが働いているところが見れるな)
マットは浮き浮きとした気持ちでオスカーの花屋に向かった。店先にはエプロンをつけたアダムが、何やら女性客と話をしていた。アダムも楽しそうに話をしている。会社員風の清潔感溢れる、利発そうな女はやがてアダムの腕を掴んだ。それを見て、マットの心臓が高鳴った。
(嫌だ)
今まで何人かと付き合ってきたが、こんな風に相手に思ったのは初めてだった。アダム掴まれた腕をちらりと見て、一瞬動揺した様子だったが、気を取り直してまた笑った。マットは二人にどんどん近づいた。女はアダムの腕を掴んだまま言った。
「よかったら、今度お茶でもどう?」
アダムは驚いた顔をした。
「あ・・・えっと」
「ダメです」
返事に困っているアダムを遮るようにマットは答えた。アダムと女は、マットを見た。アダムは嬉しそうに笑った。
「マット」
ああ。と女は決まり悪そうにアダムの腕を離した。
「そういうこと。ごめんなさいね。じゃ、お花いただくわね」
女は花を買って帰って行った。
マットは、うつ向いて呟いた。
「・・・ダメなんだよ。君は、俺だけの」
「おお。ハンサムマット。いらっしゃい」
奥からオスカーが出てきた。アダムとマットの微妙な雰囲気に、一瞬動きを止めた。
「・・・何だ?何かあったか?」
「何もないよ。今日はお招きありがとう」
「あ、ああ。ならいいんだ。マット。中に入ってくれ。アダム。あと十分で閉店だから準備しよう」
「わかった・・・」
アダムはちらりとマットを見て、閉店準備に入った。
「フランシスはね、アダムが大好きなの。安心して任せられるわ」
赤毛の優しそうなエリーは、リビングで遊ぶ娘とアダムの姿を愛しげに見つめて言った。オスカーはマットにワイングラスを差し出して頷いた。
「エリー言う通りだ。フランシスは人見知りだけど、すぐにアダムになついたよ」
大きな背中をこちらに向けて、床に座りこんだアダムと、三歳になる娘のフランシス。二人は並んでお絵描きに夢中だ。エリーは、言葉を続けた。
「アダムはお店もまじめに働いてくれるし、本当に助かってるの。オスカーの元同僚なんでしょ?」
オスカーは、ふふん。得意気に笑った。
「そう!アダムも俺も、元天使さ」
はいはい。とエリーはオスカーの唇にキスすると、ケーキを持ってくるわ。と席を立った。マットはオスカーに聞いた。
「天使だって信じてるのか?」
「まさか。ヘイ。フランシス。何を描いたんだ。パパに見せてくれ」
フランシスは立ち上がると、クレヨンで描いたものを見せてくれた。
「これは、パパ、こっちはママ。あとはお花と、鳥さんと、アダムよ」
「上手に描けたな。ああ。やっぱりアダムが一番背が高く描かれてる」
「本当だ・・・」
色とりどりのクレヨンで描かれたそれを見て、マットは愛しくなった。フランシスは、青い大きな瞳をオスカーに向けた。
「パパ。私、アダムとずっとお友達だったの。ママとパパの所に来る前に、お友達だったのよ」
オスカーは、突然のフランシスの言葉にアダムを見た。アダムは、フランシスの頭を撫でて笑った。
「前に会ったことあるんだ。だからすぐに仲良しになれた」
ね。とアダムが首をかしげて笑うと、フランシスも、ねー。と首をかしげて笑った。
「前世か」
オスカーが頬杖をついてぽつりと呟いた。
「もうわかんなくなっちまったな・・・」
帰り道。マットとアダムは手を繋いで歩いていた。
「君、前世も分かるのか」
マットの問いに、アダムは頷いた。
「うん。人間の前世は分かるよ。天使の能力のひとつだ。その能力もだんだん薄れてきちゃうけど・・・」
マットはアダムの前に立つと、聞いた。
「フランシスはなんだった?」
「ちっちゃなリス」
「俺はなんだった?」
自分を指差すマットに、えー。とアダムは笑った。
「何だろ。分かんないや」
「フランシスばっかりずるいぞ!」
マットはアダムの肩を抱いて自分に引き寄せた。わぁ!とアダムは笑って声をあげた。
「ワイン飲みすぎだよ。マット。酔ってる?」
「いやそんなに・・・飲んでない」
ほんの近くに、アダムの顔がある。目を反らさずに、じっとマットを見つめている。マットは息を飲んだ。街灯の下、二人だけの時が止まった。何か言いたげなアダムの唇に指をそっとあてた。アダムは目を閉じた。 二人は初めて、唇でキスをした。ワインの香りのキスに、マットはくらくらと目眩を覚える。だけど、それだけじゃない。マットはすぐに離れた。自分の口を手で押さえた。
「あの、ごめん」
「何で謝るの?」
アダムは、遮るように言った。にこ。と小さく笑った。
「僕は嬉しいのに・・・」
「えっ。嫌じゃない?」
「嫌じゃない」
「アダム」
マットはアダムを引き寄せて、また唇にキスをした。今度はさっきより長くだ。アダムの背中を抱き締めて、優しく撫でる。アダムもマットの腕を掴んで、マットの腕の中で身じろぎする。 唇を離すと、アダムはぽろりと涙を溢した。マットはその涙に唇を寄せて笑った。アダムはマットに抱きついて、小さな声で言った。
「嬉しい・・・」
「俺も、嬉しい」
マットは愛しげに呟いた。
部屋に戻ると、灯りはつけずに二人は寝室に進んだ。ベッドの枕元にある間接照明だけをつける。 アダムがベッドに腰かけると、マットは腰を屈めて唇にキスをした。そのままアダムに跨がり、ベッドに押し倒した。アダムの首筋や、耳たぶに音を立てながらキスを落とす。アダムは小さなため息とともに、ぴく。と体を反応させる。マットは耳元で囁いた。
「嫌だったら言ってくれよ」
ううん。とアダムは首を横に振った。
「嫌じゃない。嬉しい。ねぇ。マット」
「何だ」
アダムのシャツを脱がせながら、マットは聞いた。
「さっき。何て言おうとしたの?あの、女のお客さんが帰ったあと」
「あ・・・」
マットはアダムの額にキスを落として、髪の毛を撫でた。照明の優しい灯りの中、アダムのブラウンの瞳や、赤い唇が浮かび上がって、きれいだった。
「君は、俺だけの恋人なんだから、他の人とデートに行っちゃダメなんだよ」
ふふ。とアダムは笑った。涙がこぼれる。マットは笑った。
「さっきから泣きっぱなしだね」
「だって・・・幸せだから・・・」
「ありがとう。俺も幸せだよ」
マットもシャツを脱いだ。互いの体温が愛しく、二人の感情が高まって、全身を駆け巡る。ぎこちなかった体はだんだんとほどけて、お互いを受け入れるようになっていく。 蕩けそうな甘いキスを何度も交わして、額をくっつけて笑った。
朝方。アダムはマットの腕の中で目を覚ました。昨夜のことを思い出すと急に恥ずかしくなって、マットの顔が見れない。恐る恐る見てみると子供みたいに無邪気に眠っている。ううん。と呻くと、ぐい。とアダムを引き寄せて、ため息をついてまた眠った。アダムは、しばらく固まっていたが、マットの心臓の辺りにキスをした。 ふ。と微笑みキスをした。
「僕だけの人。僕だけの日々だ」