world's end girlfriend・6

俺たちは休みを使って、田舎のほうに出かけることにした。田舎のほうが草花が多いし、虫もたくさんいるからだ。 向かっているのはアダムが子供の頃に住んでいた地方だった。俺たちが住んでいるところから車で一時間ぐらいの場所だ。年に二、三回行って一週間ぐらい過ごす。

「 楽しみだね」

アダムが助手席で楽しそうに呟いた。途中で、政府が管理しているゾンビ生息の管理地域の横を通る。車の窓を閉めていても血生臭い匂いが漂ってくる。俺もアダムもそれに気付かないふりをしている。 風があるものの、空は晴れ渡って気分が良かった。途中でコンビニに寄ってコーヒーを買った。店員の女の子の手の甲が抉れて、中の骨が見えていた。この子もハーフゾンビなんだ。女の子は俺の後ろにいるアダムを見て、にこりと笑った。アダム笑みを返した。一緒ね。そうだね。と二人は無言で言葉を交わした。

「 いい匂い」

車の中で俺が飲むコーヒーの匂いに、アダムが言った。アダムはもう何も飲めないが、匂いを感じることができる。

「 人間だった時を思い出す?」

はは。とアダムは笑った。

「 そうだね。本当にそうだ」

「 俺ばっかごめんな」

「 何今さら言ってるんだ」

何回俺たちはこんな会話をしただろうか。途中で買い物をしたりして、のんびりと目的地に着いた。ずっと俺たちが借りている別荘だ。最後に来たのは半年ぶりぐらいだ。裏手に回って、五分ぐらい歩くと湖がある。 そこが気に入ってここを借りると決めた。

「 ああ。やっと着いた」

「 あとから湖に行こう」

俺たちは家の扉を開けて中に入った。半年ぶりなのでなんとなく埃臭い。俺たちは家中の窓を開けて、まずは掃除を始めた。 俺が二階で寝室の掃除をしていると、うわぁ!と階下からアダムの間の抜けた悲鳴が聞こえてきた。

「 どうした。アダム」

二階から降りてリビングに向かった。アダムは俺を見ると、天上を指差した。雨漏りをしている。俺は肩をすくめた。アダムも肩をすくめた。

「 雨が降ったらこの下に鍋を置こう」

「 いい考えだよ。マット。あとから修理しようね」

「 ああ」

ふ。とアダムが笑った。俺も笑う。アダムはふと恥ずかしそうに下を向いた。

「 ・・・なんかすごく幸せだな」

「 俺も幸せだよ。アダム」

俺はアダムを引き寄せてキスをした。唇を離すとアダムは笑って俺の肩に額を預けた。俺はアダムを抱き締めて耳元で囁いた。

「 アダム。結婚してくれないか」

アダムは、俺を軽く押しやった。目を見開いて俺を見ている。だんだん顔が赤くなってくる。俺は笑いそうになった。

「 あ、あの」

アダムは自分の胸手で押さえながら、やっとのことで言葉を紡いだ。

「 ハーフゾンビだけど」

「 知ってるよ。その現場にいたからね」

「 なのに・・・」

「 アダムとずっと一緒にいると誓いたいんだ」

「 ・・・僕はもしかしたらずっとこのままかもしれないのに」

ハーフゾンビの特徴として、まったく年を取らないというものがあった。例の世界初のハーフゾンビの六人もまったく年を取らない。俺はポケットに忍ばせておいた指輪を、アダムの右手の指にはめた。赤い顔をして俺を見ている。俺は笑った。

「 ああ良かった。君が寝てる間に糸を使って指のサイズ測ってたんだぜ。シンプルでかっこいいだろ」

「 ・・・マット」

アダムは俺を見つめて、にこりと笑った。涙がこぼれた。俺は笑ってその涙を指で拭ってやった。 「 俺がよぼよぼのジジィになってもアダムがそのままって最高じゃん?若くてかわいいまま」

はは。とアダムは笑った。

「 マットはジジィになってもかっこいいだろうな」

「 ありがとう。俺を捨てないでくれよ」

ふと、アダムは俺を見た。最初、アダムの瞳の色は黒だと思っていた。だが、近くで見ると、柔らかなヘイゼルブラウンの瞳であることに気付いた。それに気付ける距離までアダムとの関係が深くなっていったことが幸せだった。

「 マット。マットの傍で生きていいんだね。ありがとう」

俺は笑ってアダムを引き寄せた。そして口元の傷にキスをして、唇にもキスをした。伝わっただろうか。アダムの全てを受け入れる決意のキスだ。

「 ・・・ありがとう・・・・」

愛してる。とアダムが小さな声で呟いた。そしてはっ。と突然真顔になって言う。

「 雨漏りってどうやって直すの?」

「 ネットで調べようぜ」

「 じゃあ、コーヒー淹れるから休憩しよう。僕も裏からおいしそうな木の葉をとってくるよ」

アダムはうきうきと足取り軽く、裏に行ってしまった。俺はその後ろ姿を愛しい気持ちで見守っていた。

アダムと一緒に過ごしたこの別荘は、俺の思い出の場所となった。今はもう訪れることはない。でも俺は昨日のことのようにプロポーズした瞬間のアダムの表情を思い出すことができる。思い出すだけで胸が締め付けられるぐらい幸せになれる。