パーフェクト・ディ・1

「口から上がない死体を見たことがあるか?」
女に聞く男。男は煙草を吸って笑っている。派手なアロハシャツを着た男だった。自分の父親ぐらいの年かもしれない。夜の街に立っていた彼女に声をかけてきた。
男の車に乗り込んで、何をするでもなく街を走る。
女は最初、何を言われているか分からなかった。なぁに?と聞き返す。男は前を見ながら言った。
「口から上からない死体だよ」
「そんなの見たことない。それって下顎はあるの?」
「ああ。そうだよ。下顎しかない。よくわかんねえけど、生存本能っていうのかな。下顎しかなくても、手足はぱたぱた動いて、しばらく立っているんだ・・・」
男はずっと笑っていた。優しげで、心地よい低い声だった。女はなんとなくうすら寒いものを感じて、窓の外を見た。自分は商売をしているし、明るくなければならない。女は笑みを浮かべた。
「そんな怖い話を聞かせて・・・私はちょっとやそっとじゃ、怖がらないわよ」
「だろうな。この商売をしてたら、ビビってらんねえよな」
「私はシェリル。あなたの名前は?」
男は運転席から、ちらりとフロントミラーを見た。

後部座席に、口から上がない男が座っている。それを見た男は笑った。その時期がきたのだ。

男は隣の席の女の髪の毛に手を伸ばす。
シェリルはあどけない顔立ちだった。そばかすが浮いた頬が愛らしい。自分が父親だったら、これぐらいの娘がいてもおかしくないな。と思った。
男は、笑みを浮かべたまま言った。
「俺の名前を、知る必要はない」
男の運転する車は、猛スピードで夜の街を走り去った。

夢を見た。夢を見るときは調子が悪いときだ。
リックは呻きながらベッドの中から腕を伸ばす。時計を引き寄せて時間を確認する。11時。
「う・・・クソっ」
リックはごそりと起き上がった。よたよたとベッドから起き上がり、キッチンに向かう。生卵を入れたスムージーを作る。

(ボス。タンパク質を取れよ。疲れが取れるぜ。俳優は体力勝負だからな。俺のレシピを教えるよ)

クリフが教えてくれたスムージーだ。最初どうしても受付けなくて、呻きながら飲んでいた。それを見ていたクリフは、リックが好きな果物や、野菜を少しづつ加えて、リック専用のスムージーレシピを作りあげた。(冷蔵庫にクリフが書いたレシピが貼ってある)今はもう、毎日朝に飲んでいる。不思議と飲むとすっきりするし、クリフの言うとおり疲れが取れるような気がする。
「・・・はあ・・・」
リックはスムージーを飲むと、窓の外を見た。ロサンゼルスは今日もいい天気だ。気温も高い。
夢の内容はほぼ忘れていた。
(怖かったな)
黒い波のような物が、リックを飲み込もうとしていた。そんな夢だった。
誰かに話をしたい。と思った。リックには心許せるガールフレンドもいない。映画撮影で知り合った関係者は友達になれない。落ちぶれてきた今、生きるのに必死で、自分一人だけだった。

(ボス。怖い夢にビビるなよ。大丈夫だ。なんなら俺が隣で寝てやろうか)

はは。とリックは一人笑った。クリフに会えるのは明後日の10時。今日は現場にタクシーで行かなければならない。午後からだから体は楽だ。
スムージーを飲み干し、リックはため息をついた。
「シャワー浴びるか・・・」
リックは首をぐるりと回して、バスルームに向かった。