Keep Your Dreams・4

LSDって、死ぬ時と同じ感じがするの?」

レンが聞いてきたある夜、二人はベランダから外を眺めていた。弱い雨が降っていた。霧に近いそれは、ハックスの部屋から見える夜の街のネオンを、ぼんやりと浮かびあがらせいた。

「そうみたいだな。LSDは。皆言うよ。死ぬ瞬間と同じ感覚だって。誰が言い出したんだか・・・」

ハックスは、ストロングゼロを飲んで頷いた。飲むか?と缶をかかげると、レンは頷いた。

「ハックスはやったときどうだった?」

「多幸感が半端じゃないんだよな。LSDは。このへんに」

ハックスは自分の額辺りを指差した。

「花が咲くのが見える。うわぁ。すげぇ。とか一人でぶつぶつ言ってたよ。それがずっと続く。だからそれ以来俺はやってない。怖くて」

「変なの。自分で売ってるくせに」

レンは楽しそうに笑った。その無邪気で柔らかい笑顔に、ハックスはきゅっ。と胸を締め付けられた。不安と焦燥が何故か込み上げる。それを打ち消すようにハックスは言った。

「向き不向きなドラッグもあるんだよ。人によってな。ミタカはLSDとかコカインが得意なんだけど、マリファナとか全然効かないし、つまんねぇドラッグだな。って文句言ってる」

「そうなんだ。そういうのもあるんだね」

「・・・急にどうしたんだ。LSDの話なんかして」

あ。と一瞬レンは視線を泳がす。でも、意を決したようにハックスを見つめて言った。

「それをキメながらハックスとしたら、普段よりもっと気持ちいいんだろうなぁと思ったから。興味あるよ・・・つまり、死ぬぐらい気持ちいいセックスになるんだろ」

「何だ。シラフであんなにイッてんのに、まだ足んないのか?淫乱なやつだな」

レンは顔を赤くして、頭を抱えて呻いた。ハックスはそれがかわいくて、もっといじめたくなってしまうが、そこはあえて抑えて、レンの頭を優しく撫でた。

「今度な。今度やろう」

「・・・ん」

「多幸感大きすぎて丸一日ベッドから起きれなくなるから、お前の院が休みの時に」

「分かった・・・」

「いい子だ」

レンはストロングゼロを、ぐい。と飲むと缶をハックスに渡した。ハックスはそれを受け取った。 霧ような雨が、街にどんどんと浸透していく。それはやがて人々にも浸透していき、狂わせていく。

 

「焼肉食いに行かないか」

バーカウンターで売上金を数えていたミタカは、くわえていた煙草を一旦灰皿に置いて顔をあげた。 ハックスは真剣な顔をしていた。

「焼肉っすか?い、いいですけど。珍しいですね。センパイ肉食じゃなかったですよね」

「なんか、目覚めた。こないだレンの豆腐ハンバーグ食べから肉が食いたくて仕方ない」

「俺、旨いとこ知ってるから行きましょう」

「奢るよ」

「センパイなんか切羽詰まってません?」

「詰まってる。行こう」

 

焼肉屋について、注文する肉を無心に食べるハックスを見て、ミタカは動揺していた。三人分を食べ終えて、はぁ。と満足げにため息をつくハックス。ミタカは動揺を悟られないようにして、自分のスマートフォンを見た。

「センパイ。知ってますか?隣の地域の殺人事件」

「何だ?」

レモンサワーを飲みながら、ハックスはミタカのスマートフォンを覗きこんだ。

「なんか嘘だと思うんですけど、あの彼女殺した男いるじゃないですか。そいつが書 いた日記らしいんですよ。ネットにあがったまんまになってる」

ハックスはスマートフォンを受けとると、その文面を読んだ。日付は一年前の春になっていた。

 

「ハツミと出逢ったのは、会社の近くのバーだった。ハツミが言うには、ずっと俺のことが好きだったと言う。一ヶ月前に同じフロアに配属されて、俺を見かけて一目惚れしたと言う。俺がよく一人でこのバーを訪れていたのも調べていて、やっと会えたから告白したと言う。俺もハツミをすぐに好きになった。そのままホテルに行ってセックスした。会ってすぐにセックスするなんてしたことなかったけど、体の相性も抜群だった。俺とハツミは運命の出会いを果たしたのだ。もう、ハツミ以外の女は考えられない」

 

ハックスは事件のあと、何度もニュースで見た被害者のOLの顔を思い出していた。確か、カトウハツミという名前だった。黒髪のはつらつとした美人だった・・・・ この出会い方、レンと俺の出会い方。よく似てる。ハックスは続きの文を読んだ。日付は半年ぐらい前になっていた。

 

「味覚が急に変わって、やたら肉を食いたくなる。セックス中にハツミに噛みつく。ハツミはそれを感じるようになって、俺がハツミに噛みつきながらのセックスにハマる。俺は夢想する。ハツミの肉を食べたらどんな感じがするのだろう。セックスをしながらハツミを食い殺したら、どんな感じがするのだろう。俺はそんなことばかり考えている」

 

「それ本当ですかねぇ」

カルビと白飯をもりもり食べながら、ミタカがのんきに声をあげた。はっ。とハックスは我に返った。

「さぁな・・・」

ハックスの胸に、不安が渦巻く。似ている。この加害者の男と自分。この日記がフェイクだとしてもあまりにもシチュエーションが似ている。次にレンを抱くとき、同じことを思うかもしれない。

 

レンのことを食べたいと思ったら?

 

ハックスは、七輪の上でじゅうじゅうと音を立てて焼かれているカルビを見つめながら、ぼんやりと恐怖を感じ始めていた。