Keep Your Dreams・3
「野菜が全然ない」
レンが呆れたような声をあげた。スーパーの野菜売り場は閑散としていた。売っている野菜は色が悪く、小さいものばかりで、値段も普段より倍になっていた。 ハックスはレンの背後で、スマートフォンをいじりながら、いいだろ。と言った。
「この長雨で、野菜も取れないんだよ。野菜なんか食えなくても生きていける」
「だって、ハックスは野菜中心に食べてるだろ。このままじゃハックスが飢え死にしてしまう」
はは。とハックスは笑った。レンの言う通り、ハックスは肉があまり得意ではなく、野菜中心の食生活だった。レンは何でも食べる。レンは本当に心配そうな顔をしている。
「野菜ジュースの原料も取れなくなってるみたいだし、どこのスーパーに行っても売り切れてる。みんなサプリメントで野菜の成分を取ってるし・・・」
レンは悲しげな顔をして、もやしの大袋を手に取った。
「もやしぐらいしか、いいのがない」
「もやしでいいさ」
「本当に・・・?」
「ああ」
「お腹空かない?」
「お前とセックスすれば大丈夫。腹一杯だよ」
ハックスの言葉に、レンの顔が、さっ。と赤くなる。ハックスは首を傾げた。
「何だ?してくれないのか?俺が飢え死にしてもいいのか?」
「するよ。する」
レンは顔を赤くして、笑った。ハックスは幼い頃から「食べる」という行為に執着しなかった。空腹を覚えるし、何か食べたいと思うが、好きな食べ物は特になかった。あるものを食べる。それだけでよかった。だから自分の目の前で旺盛な食欲を見せてくれるレンが愛しいと思っていた。
洗濯洗剤がなかったからあっちに行ってくるね。とレンは日用品コーナーに行ってしまった。ハックスは何気なくレンと別れ、ふらりと精肉コーナーに向かった。 整然と冷ケースの中に並べられている肉のパックを、ぼんやりと眺める。ひき肉のパックを手に取った。きれいな赤い色の、新鮮そうなひき肉だ。
「どうしたの」
気付いたら、背後にレンが立っていた。いや。とハックスはひき肉のパックをレンに見せた。
「旨そうだな。これ」
えっ。とレンは驚いてハックスの顔を見た。ハックスも自分で驚いていた。ひき肉が旨そうだと思うなんて。こんなことは初めてだ・・・珍しいね。とレンは笑った。
「確かに。きれいな色だし、美味しそうだ。ハックスが言うなんて珍しいね」
じゃあ。とレンはハックスの手からひき肉のパックを取った。
「おいしい豆腐ハンバーグを作ってあげる。豆腐が入ってるからそんなに肉っぽくないし」
「へぇ。じゃ、頼むよ」
ハックスはレンの手を握った。ふふ。と照れくさそうにレンは笑った。
「楽しみにしてて」
「ああ」
アパートに戻った二人。レンは早速台所に立って夕飯の準備に取りかかった。ハックスはソファに座って、何気なくスマートフォンでニュース動画を眺めていた。
「昨日、二十五才のOLが交際していた男に殺されるという事件がありました・・・」
男性キャスターが、淡々とニュースを読み上げる。ふぅん。とハックスはため息をついて煙草をくわえた。ライターがない。ハックスは台所のレンに声をかけた。
「おいレン。ライター知らないか?」
「あ、ごめん。テレビの横に灰皿とまとめてたよ」
台所からレンは答えた。見るとちゃんと灰皿は掃除してあった。
「あったよ。ありがとな」
「うん」
ハックスは煙草に火をつけた。
「男は自ら通報し、駆けつけた警察によりますと、被害者は何も身につておらずベッドの上に横たわっており、男も裸の状態で立っていたと言うことです。男は被害者の全身を包丁で刺しており、被害者はすぐに病院に運ばれましたが、出血多量で死亡しました。男は『合意の上だった』と証言しており、現在警察で調査中です・・・」
事件現場は、隣の地域だった。ハックスは眉をしかめて煙草の煙を吐き出した。
「グロいな。けっこう近いところだな・・・」
その後は、ミタカとLINEをしたり、顧客や、ドラッグを捌いているクラブの店長と電話で話をしたりして過ごした。ふと、台所から漂ってくる匂いにハックスは気付いた。
あ、これはひき肉を焼いている匂い。
味噌汁や、白米が炊ける匂いもしてくるのに、やたらその匂いだけが鼻についた。どうしたんだろう。
(ドラッグのやりすぎ・・・?いや、そんなことはない)
ハックスは長いことこの土地でドラッグのディーラーをやっているが、自分がドラッグに入れ込むことはなかった。それで身持ちを崩してしまっては意味がないからだ。
(至って自分は健康だと思うが・・・)
「できたよ。お待たせ」
レンがハンバーグの皿をハックスの前に置いた。焦げ目のついたハンバーグ。上にはチーズが乗っている。肉汁とソースが混ざってハンバーグの下にたまっている。
「ご飯と味噌汁も持ってくるね。あともやしのナムルも作ったよ」
「ああ・・・」
ハックスはハンバーグから目を離さずに答えた。
二人で夕飯を食べ始めたが、ハックスは無心でハンバーグを食べた。レンは驚いてその様子を見ていた。いつもテレビをぼんやり見たり、レンの話に聞き入ってハックスは食事が遅いのだが、あっという間に完食してしまった。ああ。とハックスは満足げにため息をついた。
「うまかった。レン。水をくれ」
自分のグラスを差し出すハックス。あ、ああ。とレンはミネラルウォーターを注いだ。ごくごくとそれを飲むハックス。ふぅ。とため息をついた。レンは笑った。
「よかった。おいしかったみたいで」
「ああ」
「あんまり食べ慣れてないもの食べて、気持ち悪くない?」
「大丈夫。むしろもっと食べたい」
そんなに?とレンは笑った。ハックスも驚いている。
「俺も驚いてるよ。こんなに味覚って変わるんだな」
「おもしろいね。まだひき肉もあるし、また作ってあげるよ」
「ありがとう」
レンとハックスは、顔を見合わせて笑った。
「は、あ・・・」
その夜。二人は一緒にシャワーを浴びていた。水道代の節約にもなるし、何より濃厚な「前戯」になって、充分に興奮できる。 狭いバスルームだから、大柄なハックスとレンが一緒に入ると身動きが取れなくなるぐらいだ。だが反対にその密着具合がいい。熱いシャワーを二人で浴びて、キスをする。明るいバスルームでの行為に、レンは最初恥ずかしがっていたが、今まは惜しげもなく恥態をハックスに見せつけてくる。
「あ、ぁ・・・気持ちいいよぉ・・・・」
レンはハックスに後ろから抱き締められ、両方の乳首を揉まれている。レンの背中とハックスの胸はぴったりと密着している。ハックスはたまらなくなって、レンの尻の割れ目に指を差し入れた。
「あ、やぁ・・・」
レンは、顔を伏せて首を横に振る。ハックスの指はすんなりと二本、そこに入った。指を動かすと、コリコリとした感触に当たった。
「あぁ!!!!!ハッ、クス、だめ、だめぇ・・・・」
びくん。と背中をのけ反らせてレンは反応した。にや。とハックスは笑った。耳元で囁く。
「いいとこ当たったな。どうする?ここで入れるか?それともベッド?」
はぁはぁとレンは肩で息をして、ハックスを肩越しに振り向いた。涙がたまった目でハックスを見つめる。湯で濡れた唇。赤い頬。セクシーだ。
「ベッドがいい・・・」
「分かった。じゃあここでは指だけな」
こくりとレンは頷いた。ハックスはレンの中の指をゆっくりと動かした。
「あ、ハックス、ハックスぅ・・・」
レンは橋声を上げ続けている。背中や肩にハックスはキスを落とす。そして、レンの首筋にキスをしようとしたその時だった。 あの、ひき肉が焼ける匂いが甦った。鼻をつくその匂いに、ハックスは一瞬頭が真っ白になる。レンの白い首筋。ハックスは頭が真っ白なまま、レンの首筋にやんわりと噛みついた。レンが、びく。と体を震わせた。小さく呟いた。
「痛っ・・・・・」
はっ。とハックスは我に返ってレンから離れた。レンはハックスに向き直る。ハックスの指を自分の指と絡めた。ハックスは髪の毛をかきあげた。動揺していた。レンも上目遣いで、ハックスの心境を読もうとしているようだった。
「すまない。噛んでしまった」
「大丈夫。俺もびっくりしちゃった・・・」
レンはハックスの頬に触れて笑った。
「俺のこと食べたくなったの?」
その声色に、ハックスは心の中でほっとため息をついた。よかった。怖がってないみたいだ。ハックスは、ああ。と笑った。
「そうだ。お前を食べたくなった」
「いいよ。いっぱい食べて」
二人は笑って抱き合い、キスをした。
レンの首筋に、ハックスの噛み痕がじわりと浮かんだ。甘噛みのはずのそれは、いつまでもそこに残っていた。