world's end girlfriend・3

三年前はまだこの地域はそれほど「 ハーフゾンビ」と「 人間」と「 ゾンビ」が分かれていなかった。「 人間」たちは「 ゾンビ」から身を守るためにバットや銃を持ち歩いて生活をしていた。「 ゾンビ」は頭を破壊すればいい。 心優しいアダムは何も武器を持っていなかった。頼むから何か持ってくれよ。と俺が言ってもアダムは笑って首を横に振った。

「 大丈夫だよ。ゾンビは動きが遅いし。それにこの地域は半年以上ゾンビがいないじゃないか」 「 でも・・・」

「 嫌なんだよな。僕。ゾンビでも殺すのは。だって元々人間だろ」

アダムはよくそう言っていた。軍隊がゾンビを殺すニュースや、映像は極力見ないようにしていたし、聞かないようにしていた。アダムらしい。俺は、わかった。と両手を上げた。

「 君らしいよ」

アダムは笑って俺に抱きついてきた。俺たちは恋人同士になって五年が経とうとしていた。

その日は晴天で、穏やかな春先だった。俺とマットは歩いて近くのスーパーマーケットに買い物に出かけた。買い物を終えてスーパーを出て、俺はチョコミルクを買い忘れたことに気付いた。

「 買ってくるよ」

「 わかった。ここで待ってるね」

それが人間だったアダムと最後に交わした会話となった。 アダムはすっかり気を抜いて、晴れ渡った空を眺めていた。人間っていうやつはひどい出来事もいつか忘れてしまうものだ。アダムもそうだし、俺もそうだ。そして俺の周りの人間も。こんな平和な春先の街角に、ゾンビが現れるなんて誰も思わなかったんだ。 アダムを襲ったゾンビは、五歳ぐらいの女の子だった。俺がスーパーを出たのと、赤いスカートをはいた女の子がアダムに襲いかかったのは同時だった。ゾンビの女の子はアダムに飛びかかった。アダムは仰向けに地面に押し倒された。悲鳴をあげるアダム。女の子の右頬は完全に抉れてなくなっており、右の目玉もなかった。今思えば完全に人間の記憶を無くしても、女の子は背の高いアダムを父親だと思って、抱っこでもしてもらおうかと思ったのかな。なんて思う。

「 アダムっ!!!!!!」

野次馬たちが悲鳴をあげる。俺は野次馬たちを押し退けて、女の子の頭に向けて銃口を向けた。だがそれより早く女の子の頭は吹っ飛んだ。再びの悲鳴。女の子の脳ミソやら何やらが、下のアダムに全部かかった。頭が完全に無くなった女の子は横に倒れこんだ。アダムは女の子の下から抜け出して、体を丸めて震えている。

「 アダ・・・」

「 待て。十秒ルールだ」

アダムに近付こうとした 俺を制したのは、女の子の頭を吹っ飛ばした見回り中の警官だった。十秒ルール。そう。ゾンビに襲われたら十秒待つのだ。アダムはどちらになるのか?俺のことや自分のことも忘れて、ただ苦痛から逃れるために人間を襲うゾンビになってしまうのか?それとも「 ハーフゾンビ」になるのか?

「 アダム・・・」

俺は恐怖で体が震えた。涙もこぼれてきた。永遠とも思える十秒。アダムは地面に顔を埋めたままだ。黒い髪は女の子の血にまみれて固まっている。その下はどんな顔をしているのか。 アダムは、ごそりと起き上がった。右の口元を手で覆っている。顔は血や砂がついて汚れていたが、はっきりと俺の目を見た。

「 ・・・マット・・・・」

「 アダム!!!!」

俺はアダムに駆け寄って、膝をついて抱き締めた。野次馬たちもほっと胸を撫で下ろしている。俺はアダムの頬に手を添えた。アダムの目に涙がたまっている。

「 マット・・・僕」

「 いいんだ。何も言うな」

「 一週間以内にハーフゾンビの登録をするように」

警官はそれだけを言うと行ってしまった。法律としてハーフゾンビは役場に行って登録しなければならない。野次馬たちも行ってしまった。

「 あの子はどうしてゾンビになってしまったのかな」

アダムは女の子の死体を見つめてぽつりと呟いた。軍隊がすぐにやってきて、女の子の死体を片付けた。トラックの荷台に無造作に詰め込まれる小さな女の子の死体の赤いスカートがやたら鮮やかだった。残された血溜まりを軍人たちが高圧洗浄機で掃除する。 俺はアダムを抱き締めたままその様子を見つめていた。ふふ。とアダムが笑った。俺の胸に顔を埋めて言った。

「 君が泣いてるとこ初めて見たよ」

俺はそのアダムの様子に、ほっとして再び泣きそうになった。アダムの額にキスして涙をこらえた。

「 ま、まぁな。怖かったから」

「 マット」

アダムは押さえていた口元の手離した。襲われた右の口の端は抉れてアダムの歯が見えた。今は血が止まっている。それはそうだろう。もう痛みも感じてないだろう。アダムは死んでしまった。もう手を繋いでも暖かさを感じない。キスをしてもセックスをしても・・・・

 

「 ごめんね・・・・・」

 

アダムは泣いていた。俺はその涙に唇を寄せてアダムにキスをした。血と砂の味がした。 俺はアダムと生きていく。何があってもずっとだ。俺はアダムを抱き締めて、愛してる。と呟いた。