TITANIUM・1

「チャニング・マシュー・テイタム」
「上司」がフルネームで名前を呼ぶ時は、面倒くさい仕事の時・・・・マットは、吸っていた煙草を灰皿に押し付けると、「上司」のほうを向いた。
「なんでしょう」
「生きたまま、女を連れて来てほしいんだ」
「女ですか」
「鉱物の女だ」
マットはその言葉に、はっ。と顔をあげた。「上司」は、机に頬杖をついて笑っている。温和そうに見えるその男は、誰よりも残虐で、貪欲に世界を支配しようとしている。
「ジョゼフもつけよう」
「だいたいあっちは何人なんです?」
「前後するかもしれんが、常駐は十人。二人だと軽いだろう」
「はぁ・・・まぁ、軽いですけど。」
マットは、「上司」の顔を見た。ん?と首を傾げる。
「本当にいるんですね。鉱物の人種」
「ああ。いる。間違いない」
気をつけて行ってこい。と「上司」は穏やかな笑みを浮かべた。

「本当にいるんだな。鉱物の女・・・」
運転しながら、ジョゼフは興奮気味に呟いた。ああ。と助手席で頷くマット。

この世には、人間と鉱物の二種類の人種がいる。鉱物の人種は、人間にずっと「搾取」されていた。現代にもなれば文献や絵画が残っているぐらいで、人々の記憶から消え去ろうとしていた。
鉱物の人種が、人間に搾取されてきた理由。それは簡単だった。彼等が金になるからだ。

「流す涙は最高の麻薬の結晶に。血液は高額の鉱物に・・・死ねば骨も、目玉も全て鉱物の原石になるんだろ?」

ジョゼフの言葉に、マットはこくりと頷いた。夜の九時過ぎ。鉱物の女がいると言われるマフィアのアジトにはもうすぐ着くはずだ。そこから鉱物の女を奪うのがマットとジョゼフの仕事だ。
ジョゼフは車のライトを消した。闇。マットとジョゼフの息遣いだけが聞こえる。
木立の間から見える、アジトの窓。
「十五人」
ジョゼフは暗闇を見つめて、呟いた。そんなところだ。二人でいける。ジョゼフとマットは「上司」に三歳の頃から育てられた。初めて人を殺したのは十歳の時。自我が芽生える時に、殺しのライセンスを叩き込まれた二人は、立派な殺人マシーンとなった。生半可に人生を送っている人間は、二人に敵うはずはなかった。
「行こう」
マットは、愛用しているベレッタに弾を込めた。

「TITANIUM」

 

「十三人!」
ジョゼフが叫びながら、逃げ惑うマフィアの背中に発泡した。どさりと斃れる。ジョゼフは自分の髪の毛を撫でながら呟いた。
「二人足りなかった。ついてる」
ふぅ。とマットはため息をついて顔についた返り血を拭った。
「ボスがいないな」
ジョゼフは、腕時計を見て頷いた。
「いつ戻ってくるか分からない。この中の誰かが連絡してるかもしれないし。倍の数部下を連れて来られたらたまったもんじゃねから、早く女を探そうぜ」
ああ。と笑うマット。
「エレガントに彼女を連れ出そう」
「俺たちは紳士だからな」
ジョゼフも笑った。

アジトはマフィアのボスの邸宅も兼ねていた。(マットの「上司」の邸宅の方が大きいが)豪奢な作りの屋敷だった。十三人のマフィアは全て一階で殺した。ジョゼフとマットの研ぎ澄まされた感覚で感じる気配は一階にはない。二階だ。二階に鉱物の女はいる。二人は訓練されているので、上にいるのが女だと言うこともわかっていた。
「しかし、一階の騒ぎに出てこないなんてな」
マットの言葉に、ジョゼフは頷いた。
「よっぽど慣れているか、俺達を殺そうと息を潜めているか」
「だな」
二階についた二人は、十はあるであろう二階の部屋を二手に分かれて探すことにした。ジョゼフは奥から。マットは手前からだ。
三つ目の部屋に差し掛かったとき。マットは息を飲んだ。この部屋だ・・・この部屋にいる。普段だったら、ジョゼフを呼ぶのだが、どういうわけかマットはそれをしなかった。
マットは部屋に入った。そして音を立てずに扉を閉めた。

部屋にはベッドしかなかった。他は何もない。天蓋つきのベッドだ。白いカーテンがかかっている。
白いカーテンの中に、人影が見えた。マットは銃を構えた。
「あなたを拉致しに来ました。おとなしくしてください」
人影はしばらく動かなかった。だが次の瞬間、ぴくりと動いた。
「動かないで」
「ローブぐらい着せてくれよ。裸なんだ」
「えっ」
今の声・・・・そんな。これは?どういうことだ?
人影はベッドの上にあったローブを肩にひっかけて、カーテンを手でめくった。
傷だらけの腕。長く伸びた髪・・・・背中まで伸びている。前髪も長いので表情もよく分からない。癖毛なのか、髪の毛はうねって、まるでライオンのたてがみのようだ。
人物は裸だった。白い体。ベッドから降りて、マットの前に立った。白い体は全身傷だらけだった。人物は赤い唇を歪めて笑った。
「鉱物の女はいない。死んだ。僕の母だ。僕は彼女の息子だ」
男だった・・・男はいつの間にか手にナイフを握っていた。マットに左手をかざす。握っていたナイフで左手の平を傷つけた。じわじわと血が浮かび上がる。
その血液が床のカーペットに落ちる瞬間、結晶となってぽたりとカーペットの上に転がった。男の手のひらの傷は、ラメのように輝いている。
「そして僕は、鉱物の人種だ。母より質は悪いが、この血液の麻薬はその辺のより上物だぞ」
マットは構えていた銃をおろした。目の前にいる男はマットより背が高い男だった。

鉱物の人種の、美しい男だった。

 

マットは銃を降ろした。手をかざした男に近づく。マットは血が流れ落ちているその手を握った。男は、びく。と肩を揺らして動揺した。マットは、前髪からちらりと覗くヘイゼルブラウンの瞳を見て言った。
「・・・痛くないですか?手当しないと」
男はマットの手を振り払うと、背中を向けた。ふぅ。とマットはため息をついた。
「外で待ってます。着替えてください。もうあなたは僕たちのところにしか行く場所がない」
マットはそう言うと、部屋の外に出た。ジョゼフが既に部屋の前にいた。手の甲で頬についた血を拭うと、言った。
「中にいるのか」
「ああ」
「マット。手が光ってるぞ・・・・」
何だそれ。と怪訝な顔をするジョゼフ。マットの手の平には、先程の男の血がついていた。赤いラメのように輝いている。マットはズボンで拭いながら言った。
「鉱物が流した血だよ」
「そうか。どんな女だ」
「女じゃない」
マットは笑った。え?とジョゼフが怪訝な声をあげる。マットは何故か、とても愉快な気持ちになっていた。今まで生きてきてあまり感情を表に出すことがなかったので、自分でも戸惑うぐらいだった。
「女じゃない。俺よりでかい男だ」
扉が開いた。白いシャツに、黒いパンツ姿の鉱物の男が立っていた。長い髪の毛でやはり表情は伺えない。男は煙草を咥えていた。
「火。どっちか持ってないか?」
マットはすかさずライターを取り出し、火をつけた。男は顔を近付けた。鎖骨部分や胸、首。余すとこなく傷だらけだ。だが顔は傷一つない。口元の黒子が印象的だ。
マットは火をもらう男の仕草や、顔はきれいなままであることから、彼がずっと「女」として扱われてきたのだと気付いた。
(この男の人生を考えると、何とも言えないな・・・)
「名前を教えてもらえますか」
マットの問いに、男は煙草の煙を吐き出しながら答えた。
「母さんがつけてくれた名前はアダム。ここではアズライトと呼ばれていた。あんたたちは」
「俺はアダム。こっちは義兄弟のジョゼフです」
ジョゼフは予想外の展開に頭が追いつかないのか、呆然としていた。その様子にアダムは少し笑った。
「行こう。ここのボスは明日帰ってくる。とっとと連れてってくれ」
アダムは周りに転がっている死体など目もくれず歩き出した。マットもその後に続く。ジョゼフはマットの隣で声を潜めた。
「男だ。でも鉱物で間違いないんだな?」
「間違いない。これだよ。これが彼の血だ。俺の目の前で彼の血が麻薬の結晶になるのを見た」
マットは自分のシャツについて、まだ輝いているアダムの血液を指し示した。そして先を行く搾取され続けた、哀れな鉱物の男の背中を見つめた。

このまま、アダムはまた搾取されていくのだ。