Dementia・5

そう。今、俺とアダムは法律を犯しているんだ。それはのちのち話すとして、俺がゾンビになった経緯を話そうと思う。
あれは夜の街にアダムと二人で食事をしに出かけたときだった。夜の街は平和だった。二人で入ったバーでカウンターに座った。カウンターから見れるテレビではニュースが流れていた。

『ゾンビは爆発的に増え続けています。見た目は生きた人間とまったく変わりません。注意してください・・・』

「怖いね」
アダムがニュースを見ながらぽつりと呟いた。俺も頷いた。にやにや笑いながら聞いてみた。
「俺がゾンビになったらどうする?」
鼻で笑われると思ったが、アダムは首をふるふると横に振った。眉を寄せてぽつりと呟いた。
「やだな・・・」
その寂しそうな顔に、俺は打ちのめされた。可愛い。押し倒したい。だがここはバーだ。我慢する。帰ったら押し倒す。だが我慢できずに、軽く頬にキスしてやった。
「わっ」
驚いてキスされた頬を触るアダム。俺が笑うと、アダムは、恥ずかしいな・・・と言いながらも、笑ってくれた。
その後、俺はトイレに行って用を足した。トイレから出ると廊下で女が座り込んでいた。
体のラインが分かる、ぴったりしたタイトスカートのワンピースを着ていた。頭は金髪。
なんか、ずいぶん昔っぽい格好してるなぁ。
着ている物とか、髪型とか昔の映画女優みたいだ。彼女は座り込んでいるから気分でも悪いのか。俺は隣に屈んだ。
「ヘイ。大丈夫か?」
彼女はゆっくり顔を上げた。真っ赤な唇。きりりと釣り上がった細い眉毛。バサバサのまつ毛。ブラウンの濃いアイシャドウ。メイクも昔っぽい。美人なのに、何か俺は彼女に違和感を感じていた。彼女は、俺の右腕にそっと手を添えた。
「あ・・・ありがとう。ごめんなさい。飲みすぎたみたい」
彼女はにこりと笑った。大きく胸の開いたワンピース。俺はビビった。すごい。でかい。彼女の胸はFカップぐらいあるんじゃないのか?しかもあまりにも開いてるから乳首が見えそうだ。俺は彼女の胸から目を逸らそうとしたが無理だった。彼女はそっと俺の耳元に唇を寄せた。
「私のオッパイを見た?」
「いや。見て」
「嘘つかないで。見たでしょう?いいのよ。私オッパイが大きいのが自慢だから」
彼女は俺の右腕に力を込めた。ヤバイ。これは逃げたほうがいいがいい類いの人間だ。
「私のオッパイを見て申し訳ないと思ったたら、私と同じになって」
「は?」
彼女はいきなり俺の腕に噛みついた。あまりのことに俺はただ呆然とそれを見ていた。
「うわああああああああああ!!!!!!!!!!」
はっ。と顔をあげると、アダムがそこに立っていて悲鳴をあげていた。俺はそれで我に返り、彼女を壁に押しやった。立ち上がって自分の噛まれた箇所を見た。じわりと血が滲んでいる。彼女は乱れた金髪の間から俺を見上げて笑った。
「もう死んでるわよ。おめでとう。私と同じゾンビになったわね」
「何だって?」
「せいぜい発症するまで人間を楽しんで」
ジェーン・マンスフィールド!見つけたぞ!一週間前にゾンビに噛まれて出頭しなかったな?逮捕する!」
ジェーンと呼ばれた巨乳の女の言葉と、同時に銃を構えた警官が入ってきた。俺はとっさに捲っていた長袖のシャツを下げて噛まれた箇所を隠した。警官はジェーンを立たせて、手錠をはめた。そして口にマウスピースを噛ませて、大きなプラスチック製の透明なマスクを装着させた。ニュースで見たことある。顔を半分覆う大きなマスクだ。ゾンビになった者につけられるやつだ。
「ジェーン宅の近所の住人から通報がありまして、逮捕になりました。ご協力感謝します。お二人は大丈夫ですか?」
「大丈夫です。ご苦労様です。彼女がここで気分が悪そうだったんで、彼が声をかけたらいきなり噛まれそうになりましたが、避けたので大丈夫でした」
アダムはにこやかに俺を見て、警官にそう伝えた。俺も笑顔を浮かべた。ドクドクと心臓が脈打つ。だが、突然その音が消えた。あ。と俺は驚いた。分かったぞ。

今、俺は死んだのだ。

ジェーンは俺を見ている。きっと笑っている。ああ。君の言う通りだ。俺は死んだ。
「良かった。お気をつけて」
警官とジェーンは行ってしまった。アダムは俺を見た。先程の笑顔は消えて、真顔だった。怖い。
「帰ろう。すぐに」
「はい・・・」
俺とアダムはバーを出て家路についた。これがゾンビになった俺の経緯。そうだ。俺はオッパイを見てゾンビになってしまったのだ。自分でもこんなにスケベだったのかとビビってしまった。だが、確かにアダムのオッパイも大好きだから・・・・どうしようもない。

そんな俺を愛してくれるアダム。

ああ。やはり俺は幸せだった。また右腕が痛くなってきたから休憩。