Keep Your Dreams・5

ハックスは夢を見ていた。眠りが浅くて夢なんか見ることないのに。 ベッドの上には、裸の女が眠っている。

(イトウハツミだ・・・)

交際していた男に惨殺されたイトウハツミ。目を閉じていたハツミは、ハックスを向くと目を開けて笑った。豊満な胸。白く美しい体。ハックスはそれを前に、ぼんやりと立ち尽くしている。

(ねぇ。あなたの好きなようにしていいのよ。私もそれを望んでいるから)

ハツミは悩ましげな声で囁く。ハックスは手に大きなナイフを持っている。

(あの容疑者の男は、彼女を食いたいと思っていたんだ。その気持ちが高まった故に、ナイフでめった刺しにしたんだ)

ハックスはふと、そんなことに思い至った。思い至った瞬間、ハツミ胸の真ん中にナイフを突き立てていた。ハツミの口から血が溢れる。でもハツミは幸せそうだ。まるでオーガズムを感じているかのように、うっとりと目を閉じている。 ハックスは何度も、ハツミの体中にナイフを突き立てる。ハツミの血がハックスの顔に、体に、びしゃびしゃとかかってくる。その血の暖かさに、ハックスは興奮している。

「もっと、いいんだよ。ハックス」

ハツミの声が男の声になっている。ハックスは、はっ。とハツミの顔を見た。 ハツミの顔は、レンになっていた。レンは自分に抱かれている時のように、うっとりと目を細めている。口からどんどんと血が溢れる。レンの体からも血が止めどなく溢れ続けている。ハックスは、手からナイフを落とした。悲鳴をあげようとした。

 

びく。と体を震わせてハックスは目を覚ました。額に汗が浮かんでいる。 目の前には、白いシャツを着たレンの背中がある。今日は何もせずに一緒に眠っていた。 ハックスは、ごく。と息を飲んだ。レンは眠りが深く、一旦眠ると目を覚まさない。 素肌に直接白いシャツを着ただけのレンの背中を、ハックスはそっと撫でた。肩甲骨の間を撫でる。肉の厚みを感じる。シャツの下の体は、敏感だ。

愛しい。

ああ。 ハックスは、レンの肩甲骨にそっと歯を立てた。ぞく。と快感が全身を貫く。

「ん・・・」

もぞ。とレンが体を動かした。ハックスはそっとベッドを降りて、バスルームに駆け込んだ。ずるずると座り込む。

「ああ・・・・レン・・・・俺の、レン」

ハックスは頭を抱えて呻いた。涙が溢れる。肩甲骨を噛んだときの感覚。俺は興奮していた。レンの体を「喰うこと」に興奮していた。もう一緒にいられない。あの男みたいに俺はレンを殺してしまう。

雨が強く降っている。今夜は風も強い。ハックスは声を噛み殺しながら、ぼろぼろと涙をこぼして泣いた。

 

「一週間ぐらい、ミタカと仕入れに行ってくるから」

次の日、ハックスはレンにそう告げた。レンはトーストをかじりながら頷いた。

「分かった。俺も研究が忙しくなるから、ちょうどよかった」

ハックスはこくりと頷いて、コーヒーを飲んだ。身支度をして、出掛ける準備をする。

「今日は先に出るよ」

ハックスが出ようとすると、レンに腕を捕まれた。ぎくりとハックスは体を強ばらせた。レンはハックスを自分に引き寄せて、ぎゅっ。と抱きしめた。ふわりと漂ってくるレンの体臭。不思議なことにレンは成人している男なのに、いつも甘い、ミルクのような香りがした。

「また、会えるよね?」

耳元でレンはハックスに囁いてくる。ハックスは、レンの背中に腕を回す。優しく撫でて笑う。

「当たり前だろう。おかしなやつだな」

「うん・・・」

レンはこくりと頷いた。

部屋から出て、ハックスは歩きながらスマートフォンで情報を調べていた。それはこの界隈でも有名な地区の情報だった。歩いて三十分ぐらいのその地区は、「シンチ」と呼ばれていた。歓楽街で、女が気軽に買える場所だった。そこには特別な女達がいた。 客のどんな要望にも答えてくれる女達がいるのだ。正確に言えば彼女たちは人間ではない。近年の科学技術で作られた、意思を持つラブドールなのだ。

 

「だから、殺してもいいんですよ。彼女たちもそれを喜んで受け入れる。ちゃんと血も出るし」

「お前、やったことあるのか」

「ありますよ。ヤリながら首締めて殺しました。すげぇ楽しかったし、あっちもイキまくって死んだから。ただ値段が高いから、もう二度と買わないかも」

 

ハックスはミタカとの会話を思い出していた。レンを殺す前に、女でも殺せばこの気持ちは収まるかもしれない。と考えたのだ。そうしたら前と同じように戻れるだろう・・・ ハックスは小雨の中、シンチに向けて歩き出した。

 

レン。もう一度お前と愛し合いたい。だから俺を許してほしい。

 

適当に時間を潰し、昼過ぎにシンチに着いた。歓楽街が動き出すのは夕方だ。ラブドールが買える場所に目星をつけておかねばならない。ハックスは案内所の前に来た。営業中となっているので、中に入った。 薄暗く、小さな店は中に入ると、すぐにカウンターになっていた。壁にはびっしりとシンチの売春宿の情報が張られている。そして、営業用の笑みを浮かべた「商品」の女の子たちの写真。カウンターの向こう側には、新聞を読んで暇そうにしている若い男がいた。ハックスを見ると、新聞を置いて笑顔を浮かべた。

「あぁ。いらっしゃいませ」

ハックスはスマートフォンを見ながら聞いた。

ラブドールの店は・・・」

「あぁ。はいはい。ご利用は初めてですか?」

「ああ」

「けっこう人気店なので、在庫確認しますね」

男は何件か電話をかけて、さらさらとメモに書き付けた。在庫。という言葉にハックスはうすら寒いものを感じていた。電話を置くと男はハックスを見た。

「こちらの三件に在庫がありますので、オープンと同時に行ってみてください。かわいいこ揃いですから。楽しんでくださいね」

ハックスはメモを受けとると、男に聞いた。

「殺してもいいのか?」

男は、ええ。と頷いた。

「彼女たちはそれを望んでいますから。それにあなたも」

男は、優しく微笑んでハックスを見た。

「殺すことを望んでいるんでしょう?」

「ああ。そうだな」

ハックスは、男の言葉に笑って答えた。 

 

もう、戻れないぞ。