キャンディ・3

第二章 春

「 何か食べるか」

事後、ベッドの上でぼんやりと半分寝ていたレンは、ハックスの声に「 ん」と気の抜けた声をあげた。ハックスは、椅子に座って、何やらメニューを見ている。シャワーを浴びてきたらしい。いつも撫で付けている髪の毛は下ろされて、バスローブ姿だった。髪の毛を下ろすと、ハックスは幼く見える。レンはその姿を見る度に、胸の奥がきゅっ。と締め付けられるような甘いときめきを覚えた。レンのその感情にハックスはまったく気付いてないようだった。

( 言ったらたぶん、調子に乗るなとか言われるんだろうな)

「 ここ、ルームサービスで持ってきてくれるんだ。何か食べるか?」

ハックスはメニューから顔を上げずにレンに再び聞いてきた。今日のために排泄しないようにレンはしていた。昨日から丸二日適当な物を食べていたせいもあるし、さっきの体力を奪うようなセックスのせいで、レンは急に空腹を覚えた。ベッドの上で、うーん。と背伸びしながら言った。

「 ラーメンかうどん食べたい」

ハックスは顔をしかめた。

「 こんなクソ暑いのによく食うな」

「 ここ冷房効いてるから大丈夫・・・・あれ・・・?」

レンは自分が寝ているベッドの周りをきょろきょろ見回した。その様子を見て電話を取りながらハックスは言った。

「 お前のビーズとプラグか?捨てておいた。今度は別なやつ挑戦しような」

「 ・・・あ、うん・・・・」

レンは再びベッドに潜り込んだ。ベッドの中で一人笑う。幸せを噛み締める。

( また、してくれるんだ・・・)

今度はどんなことしてくれるんだろう。もっとひどいことしてもいい。もっといじわるして欲しい。自分の中をハックスで満たして欲しい。ハックスのやること全てがレンにとって、気持ちいいことだから。

「 レン。味噌ラーメンと月見うどん、どっちがいいんだ」

「 味噌ラーメン。ハックスは?」

「 ・・・俺はいい。この暑さで食欲がない。三キロ痩せた」

「 あ、やっぱり」

レンはハックスのほうを向いた。気だるげにハックスは椅子の背もたれに寄りかかっている。

「 分かったか」

「 うん・・・あばらとかいつもより見えてるなぁって思ったし、腰骨とかもいつもより出てる」

「 あぁ。痛かったか」

「 平気」

「 だろうな。お前はいつもむちむちしてて旨そうだな。いいことだ」

「 はは。ありがと」

ハックスはルームサービスの電話をした。その横顔をじっと見るレン。ハックスは受話器を耳に当てたまま近付いてきた。

「 ・・・あぁ。もしもし。302号室ですが、ルームサービスをお願いします」

ハックスはレンの髪の毛に指を這わせて、優しく撫でた。レンは目を閉じた。

 

二人が出逢ったのは四ヶ月前の春だった。出会い系アプリ「 ヴィーナス」がきっかけだった。

 

レンは二十九才で、医師として田園調布で開業医をしていた。優しく、誠実な対応で老若男女に慕われる青年だった。 父親は三年前に亡くなった。母親は早くに亡くしていた。兄弟姉妹はないからレンは天涯孤独だった。父親も医師だった。父親の後をついで病院をしてもいいかと思ったが、生前父はそれを望んでいなかった。自分がそうだったから、息子のレンにも自分だけの医院を作って欲しい言っていた。レンはその通りにした。父には逆らえない。レンは父親を心から愛していた。それは周囲からもよく見られていた。仲の良い親子だと言われていた。だから父親の棺の前で泣くレンの姿に周囲も涙を流した。 父親の病院で働いていた看護師をそのまま迎え入れて、病院を経営することにした。

 

若先生は、お父様と同じように優しい。

お父様のように若先生は聡明で慈悲深い。

 

「 そうさ。俺の父さんは優しくて、最高なんだ。俺だけの父さんだった。だけど癌で死んだ」

レンは父親のネクタイを首に巻く。そして片方をドアノブに括りつける。レンは下に何も身につけいない。自分のぺニス扱き始めた。そのままずるずると体重を下に落とす。自然とネクタイは首に締め付けられる。だんだん息苦しくなってくる。レンは笑う。ぺニスをもっと強く扱く。気持ちいい。最高に気持ちがいい!!!!!

「 父さん。どうして死んでしまったの?俺を置いてどうして?父さんのこと大好きだったのに。逢いたい。父さんに逢いたいよ」

レンは父親を想いながらぺニスを扱く。自分の手が父親の手だったらと思う。そうするとますます興奮してくる。 ずる。とさらに下に体重をかけると首が締まる。ぐっ。とレンは喉の奥から声をあげて、射精した。 射精すると、レンは悲しくなって涙をこぼした。精液のついたままの手でネクタイをほどいた。 誰かに逢いたい。誰かに抱きしめてほしい。

幸いなことにレンは男だったから、金を払えばいつでも女の子とセックスができた。女の子はみんなレンに優しかった。レンも女の子たちのいい匂いする柔らかな体が好きだった。 レンは賢かったから、女の子では満たされないと分かっていた。

「 レン君。いつかいい人に逢えるといいね」

女の子たちはレンの髪の毛を撫でながら、いつも言ってくれた。レンはそれを聞く度に泣きそうになった。 

 

満たされない日々だったから、レンは出会い系アプリ「 ヴィーナス」に登録した。緊張して手が震えた。男でも女でもいい。一番最初に来たメールの人物と会うと決めた。
「 何でもします。抱き締めてください」
とだけ自己紹介を書いて登録した。写真の欄には、仕事で子供相手に使うアンパンマンのボールペンを写真に撮って登録した。
メールは五分ぐらいで来た。恐る恐るメールを読んだ。
「 僕は男ですが、会いませんか」
ただそれだけだった。写真はなかった。プロフィールを見ると、三十四才。既婚。都内在住の証券会社のサラリーマン。レンはそのメールに返信した。名前は仮で登録されていて本名は分からない。メール交換で名前が分かるようになっている。
「 僕はレンといいます。会ってください」
メールはすぐに返信された。
「 レンさんって言うんですね。いい名前だ。蓮の花と同じだ。今度会いましょう。僕はハックスです。よろしくお願いします」
レンはそのメールだけで彼を好きになってしまった。五才の時に同じことを言われた。自分の名前を誉めてくれたその人の事がレンは大好きだった。レンは右足首の内側に小さな蓮の花のタトゥーをいれていた。ベッドの上で裸足でメールを打っていたレンは、思わずその箇所を撫でた。
三日後、町田のラブホテル「 ヴィヴィ」で会うことにした。いきなりホテルを指定されたが、そういうことを目的にしたアプリだから仕方ない。レンは目印にアンパンマンのボールペンを手に持って、ホテルのエントランスで緊張して待っていた。
四月で、ホテルの前の桜の花は満開だった。夜の九時。ライトアップされた桜は花びらが風に舞っていた。きれいだなぁ。とレンはぼんやりとエントランスのソファーに座りながら見ていた。レンはスマートフォン出してハックスとのやり取りのメールの履歴を見た。
「 ハックスさんの目印って何かありますか」
「 僕の髪の毛は赤というか、ちょっとオレンジに近いんですぐわかると思います」
ふと、気配を感じてレンは顔をあげた。目の前に、背の高い痩せたスーツ姿の男が立っていた。レンは座ったまま男を子供のように見上げていた。撫で付けた髪の毛は赤色だったが、光りの加減でオレンジに見えた。レンは興奮していた。男は青い目を細めて、低い声で呟いた。
「 ・・・レンさん、ですか」
レンはこくりと頷いた。ハックスはレンの想像以上にハンサムだった。勝手に小汚ない男を想像していたので、レンは顔が火照り、上手く声がでなかった。
ハックスは突然鼻血を出した。レンは驚いて立ち上がった。レンが声をかけようとしたその時、ハックスは片手で鼻を押さえ、手でレンを制した。
「 すみません。大丈夫です。予想以上にあなたが可愛かったので興奮しました」
レンは察した。直感だがそれは当たりに違いない。ハックスの目の縁は赤い。
彼は自分と同類だ。そして自分は彼に、ハックスに虐げられたい。ハックスはバーバリーのハンカチで鼻を押さえながら言った。
「 お腹空いてます?」
「 はい・・・」
ハックスは、目を細めて笑った。
「 すき家があるから、買ってきましょう。僕がごちそうします。ここ、持ち込み大丈夫なので」
「 ・・・はい。あ、あの、僕に対して敬語じゃなくていいです・・・僕もそうします」
ハックスは、こくりと頷いた。そして目の縁を赤くしたまま呟いた。笑っている。
「 敬語はいずれやめるつもりでした。敬語だったらあなたを抱けないから」
レンはその場で倒れそうになった。こんな人に逢えるなんて。人生の運をすべて使い果たしてしまったようだ。ああ。やっと止まった。とハックスはハンカチをしまった。
「 じゃ、行こう」
ハックスの言葉に、レンはこくりと頷いた。