悪の花嫁・3

「 これは・・・」

私は息を飲んだ。事後。アダムは私に背を向けてくれた。アダムの広い背中全面に彫られたタトゥー。私はその背中に触れていた。

「 五歳の時からずっと彫ってもらっていました。これは僕が生まれた時から『彼ら』のものであることの証明なのです」

アダムの背中に彫られたものは巨大な目だった。ヤギのように瞳孔が横長なので人間の瞳ではなかった。それを囲うように三角形も彫られていた。三角形の中の巨大な瞳は私を見つめていた。三角形の背後から何本も黒いものが這い出いる。それは触手の様だった。それはアダムの両腕の後ろまで伸びていた。私が見た両腕のタトゥーは背中のタトゥーの一部だったのだ。アダムは肩越しに振り向いた。

「 昔、この地球を支配していたものが何だか分かりますか?それこそ太古の昔からです」

「 えっ」

アダムは私に向きなおった。その目は怪しげな光を湛えていた。その目のまま笑って呟いた 。

「 支配者である『彼ら』は海からやってきました。『彼ら』は地球全てをあっという間に支配しました」

「 ・・・何で、何で支配したというんだ」

私の声は掠れていた。アダムは優しい笑みを浮かべた。

「 諸悪ですよ。戦争、殺人、暴行。なくなることがないのは『彼ら』が支配し続けているからです。僕の父の一族は『彼ら』の語源で書かれた書物をずっと受け継いできた。あなたが見た緑の扉の向こうにその書物はある。『彼ら』を崇拝する僕の両親は生まれた僕を『彼ら』に捧げる供物として育ててきました。そして再び新たな『彼ら』を産み出すのが僕の役目なのです。それには少しでも『彼ら』の残滓を感じることのできる人間の精液が必要でした。潮の香りを嗅いで海にいる僕の夢を見たあなたの・・・精液を受け入れることのできる体であることが『彼ら』を受け入れるための条件でした。僕は何度も父さんに抱かれたけど、血縁関係の者の精液では上手くいかなかった・・・」

アダムは私の頬に手を添えて、そっとキスをしてきた。唇を離すとアダムは泣いていた。もはやアダムは人知を越えた物になっていた。私はただその異質な物を呆然と見つめるしかできなかった。アダムは涙を拭うと、窓の外を見た。

「 あと一時間程で夜が明けます。ランタンを使ってもらって構いませんので出て行ってください。本当にあなたには、感謝しています」

アダムは衣服を身に付けると、また私に微笑んで部屋を出て行った。私も衣服を身につけて部屋を出た。 薄暗い廊下を出て、キッチンに向かう。私は足止めた。 あの緑の扉が開いている。私はその扉の前に立った。中覗く下に降りる階段があった。微かに階段を踏みしめる音が聞こえる。アダムだ。 私はアダムの後追って、下に広がる闇の中に足踏み入れた。