きみはぼくのおんなのこ・1

僕と彼は、セックスをした。そう。間違いなく。
あれはなんだったんだろう?
僕は普段と同じ日常を送りながら、あの時を思い出す。愛犬のムースの背中を撫でながら。大好きな僕のムース。ムースは気持ちよさそうに目を閉じて撫でられいる。
僕は彼の手を思い出す。彼の手は僕の背中を撫でて、耳元で笑った。僕の名前を呼んでくれた。
「 散歩に行こうか」
ムースは僕の言葉に、ぱっ。と目を開ける。ぺろぺろと僕の顔を舐める。はは。と僕は声をあげて笑った。

外は爽やかな五月の光に満ちあふれている。青空の下、木々の緑がきらきらと輝いている。

ここ、本当に素敵なところよね。

僕の妻がぽつりと幸せそうに呟いたことがある。それを聞いたとき、ここに住むことを決めてよかったな。と思った。
僕の隣を得意気に尻尾を振りながら歩くムースを見て言った。
「 ムースもそう思うだろ?」
ムースはちらりと僕を見た。 そして再び前を向いて歩きだした。今のムースは散歩に夢中だ。僕も一人笑った。途中でベンチに座った。ペットボトルの水をムースにあげた。
「 喉がかわいたね。ムース」
ムースは懸命に水を飲んでいる。
( かわいいなあ)

君、本当にかわいいよな。

僕は彼の言葉を思い出す。あれは撮影が全部終わってみんなでパーティをしていた。監督が最高にいかしたバーを見つけたからそこでパーティーだ!なんて言ったからだ。僕たちは二十人ぐらいでわいわいそこに向かった。
撮影場所からそのバーに向かう途中。僕と彼はなんとなく並んで歩いた。夜になろうとしているとき、空がだんだん暗くなっていくときだった。僕は空の色が変わる瞬間が好きだった。スタッフたちはみんな笑顔。彼もたまに携帯を眺めたりなんかして笑っていた。

幸せだなあ。

僕はそんなことを思った。すると彼はこちらを見て言った。

すごい幸せそうじゃん。

僕はその太陽みたいな彼の笑顔に、ますます幸せを感じた。撮影中ずっと一緒だった彼は、本当にいい男だと思っていた。仲間たちから慕われ、いつも笑顔。彼がやってくると場が和む。演技に対する姿勢も真面目。完璧だった。そんな彼に、幸せそうじゃん。なんて言われたので、僕は嬉しくなってしまった。

そうだよ。幸せだよ。

彼は、よかった。と笑ってくれた。そして言ったんだ。

「 君、本当にかわいいよな」

ムースとの散歩を終えて、僕は家に戻った。洗濯機を回しながら、コーヒーをいれた。ムースは自分のベッドですぴすぴ鼻息をたてながら眠っている。
「 ムースのベッドも洗いたいんだよな」
そろそろ洗わないとな。こないだ彼女が洗ったから今度は僕が洗わないと。
ドリップされたおいしいコーヒーを飲む。コーヒーメーカーは買って損はない。僕はため息をついた。
尻ポケットにいれた僕の携帯が、ラインの通知を知らせてきた。送り主は僕の奥さん。友達とタイのカンクンに五泊六日の旅行に出かけていた。青空の下、ビーチで友達と笑って写真に収まる彼女は出逢った頃から可愛いいし、変わっていない。

今度は一緒にいきましょうね。

撮影で、一ヶ月や二ヶ月家を開ける僕をずっと待ってくれている彼女が、遠慮がちに旅行に行っていい?と聞いてきた。僕はもちろんだよ!と笑顔で頷いた。引き止める理由もなかった。
僕は「 楽しんで。サメには気を付けて」と返した。彼女からバックスバニーがサングラスをかけてビーチでくつろいでいるスタンプが送られてきた。僕は一人笑った。
洗濯物が終わるまで時間がある。本でも読もうかな。撮影が始まると中々読めないし。僕はソファーに足を投げ出して寝そべった。

( 今、何してるんだろう)

三十四才にもなる僕に、かわいい。なんて言ってくる彼に僕は驚いて、は?なんて変な声をあげてしまった。彼は笑って行ってしまった。やってきたスタッフが、私もあなたがかわいいと思うわ。と笑った。僕は少し安心する。深い意味なんかない。けど魅力的な彼に言われると少し動揺するし、何より
(嬉しい・・・)
僕は素直にそう思った。